備蓄勇者 ドラム その2

 場所はいつもの大広間、部屋に置かれた玉座にはフォルテが座り、その両脇には瞼を擦るモニカと震えたシンバが控える。

 三人は正面で構える勇者を見つめていた。


「お主が勇者か?」


 フォルテが目の前の男に尋ねる。

 この時間にアポイントメントもなく堂々と現れる存在は勇者以外考えられないが、一応確認するフォルテ。


「そうだ、俺はタンタン国からきた勇者ドラム」


 勇者は自身をドラムと名乗る。どうやら間違いないようなので、フォルテは再度ドラムを睨む。

 新品の兜に、隙間なく装着れた鎧、剣は手入れが良く、しっかり研がれていてるのが見てわかる。そして背後には大きなリュック、それに加えて荷車も引いて来ていた。


「もう、荷車まで部屋に持ち込まれちゃうと土足とかで文句言うのも筋違いに思えるね」


 フォルテはくっきりと轍の残るカーペットを見ながらため息をつく。

 傍目に見ると勇者の持ち込んだ荷物の量は商人に近い。

 そんなフォルテの気持ちを察することなく、眠気から覚めたモニカが疑問に思っていたことを勇者に問う。


「てっきり尻尾を巻いて逃げたのかと思っていましたが、なんで戻ってきたんですか?忘れ物ですか?」


「それなら明日の開城時間に門番に問い合わせてください」


 モニカの言葉にシンバが丁寧に案内する。


「ふっ、先の戦闘で思いのほか体力を消耗したから回復に戻っていた。それだけだ」


 ドラムはさも当然といった感じで説明する。


「なんたる所業!?魔王様の面前まで来ておきながら待たせるとは不届き千万です!!」


 モニカは一歩前へ出て拳を構える。どうやら長いこと待たされて不満が溜まっているようだ。


「まずは侍女からか?準備も手間取るからさっさと魔王と戦いたいんだが?そうはいかないのか」


「なっ、何を言っておる!?散々待たしておいていきなり我と戦おうなどとは、片腹痛いわぁ、モニカさん、やっちゃって下さい!」


 出来れば戦いたくないフォルテは何とか戦闘を先延ばしにさせようとする。ドラムはやれやれといった感じで準備を始める。


「私も早く帰りたいので、さっさと終わりにしますね」


 すでにイライラの限界に達していたモニカは、余裕を見せるドラムに先制攻撃を仕掛ける。

 不意をつかれたドラムは、満足に防御も出来ず腹にモニカの拳を叩きこまれた。


「ぐ、がっ、がはっ」


 呼吸も出来ずに腹を抱えて悶え苦しむドラム。モニカの手は止まらず、ドラムの下がった顎を殴りつけた。

 宙を舞ったドラムの体はそのまま部屋の入り口近くまで飛ばされる。


「ふん、たわいもない」


 モニカは手をはたきながら手応えのない勇者に向かって言う。その背後では歓喜の表情で手を叩くフォルテとシンバ。

 勇者ドラムはモゾモゾと地面を這いつくばるように自分の持ってきた荷物の近くに行き、その中身を漁る。鞄の中身を見て後ろにいたシンバが声を上げる。


「あ、あれは神の雫!?」


「神の雫?」


 聞きなれない単語にフォルテは聞き返す。


「あれは、神が作ったとされる完全回復薬。どんな怪我もたちまち治してしまうと言う秘薬です。そんなものを何個も、これは戦いが長引きそうですよ」


 二人の話を聞いたモニカも面倒臭そうにドラムの回復を見守る。


「ま、まさか一撃でここまでダメージを負うとは、」


 致命傷を負ったドラムは鞄からただの薬草を取り出してバリバリ食べ始める。その光景に呆気に取られる三人。


「ねぇ、シンバさん?あれって薬草ですよね?」


 フォルテはシンバに確認する。


「はい、ただの薬草ですね。回復作用は微々たるもの、お子さんの擦り傷から、打ち身、捻挫に効くというただの薬草です」


「もしかして、モニカさんの攻撃そんなに効いてない?」


 フォルテは心配になって尋ねる。


「いえ、確かに骨の数本砕ける音がしました。それを薬草で治癒しようとなると、膨大な量必要になりますね」


 シンバが説明を続ける間も、ドラムは薬草をバリバリと食べ進めている。回復量は微々たるものなので、完全に回復するためには相当な量を消費しないといけない。喉に詰まらせながらもドラムは黙々と口を動かした。


「もう!!その神の雫ってやつ使って、さっさと回復すれば良いでしょ!?」


 痺れを切らしたモニカがドラムに声をかける。


「もごもごもご、そんなの勿体、無いだろ?」


 口の中に薬草を詰め込んだままドラムが答える。なんとなくこの勇者の性格を察したフォルテはドラムに話しかける。


「もしかして、ボンゴさんを倒した後に一度城から出たのは?」


「そうだ、先の戦いで消費した備品を補充しに行っていたからだ」


 薬草により体力とお腹を満たしたドラムが立ち上がる。心なしかお腹のベルトがきつそうだ。


「俺はどんな時でも油断はしない、常に着実に堅実に旅を続けてきた。そんな俺を旅の仲間は面倒な奴とか、慎重すぎるとあざ笑ったが、その性格が幸いして今こうして目標を達しようとしている。これで、これで国の奴らを見返してやれ、ぐうぇぇえぇぇ!」


 セリフを言い終わる前に喉につかえていた薬草が逆流する。

 フォルテはカーペットの張替えを余儀なくされ、頭に青筋を浮かび上がらせる。


「もしかして、あれ全部回復薬ですか?一撃で沈めない限り何度でも回復するなんてめんどくさ過ぎます」


「ふふふ、回復薬だけじゃない。体力アップ効果のあるドリンク、魔力アップ効果のある果実、素早さアップ効果のあるリブロースステーキ800g!」


「なんで全部食べ物なんですか!?あと、今度吐くときはちゃんとトイレに行ってくださいよ!」


 フォルテはドラムのお腹を心配して言う。


「しかも素早さアップが胃に重い、これって逆にスピード落ちませんかね?」


 シンバは効果の怪しい食材を見て言う。

 モニカはすでに気力が削がれている。フォルテは何とか戦わず、そしてこれ以上汚されずに済まそうとドラムを追い返す算段に入る。


「勇者よ、我を倒したら故郷に戻るのか?」


「いや、故郷に戻ったところで厄介者の俺に居場所はない」


 汚れた口元を拭いながらドラムは答える。


「なら、何のために我を討つ?」


「ただの自己満足だ」


 フォルテは希薄な理由に肩を落とす、そんな自己満足のために殺されてはたまったものではない。


「えっと、勇者様?せっかくそこまで上手くやりくりして生活していらっしゃるなら、その経験を生かされては如何ですか?」


 ドラムの話しを聞いてシンバが声をかける。


「何をいっている、こんな俺を必要としてくれる人などいないさ」


 どんな人生を歩んできたかは定かではないが、ドラムの性格はすっかり歪んでいた。


「いやいや、ここまで節約されて旅をしてきたのでしたら回復薬に対しての知識は相当なものかと?」


「そうだな、例えばこの薬草、これは切り傷や擦り傷によく聞く。この葉の部分が裂けているこっちの薬草は打ち身や捻挫用。回復量を高めるなら、これとこれを混ぜると効果的だ、それにこっちは」


 ドラムは自信満々に知識を披露する。途中から理解が追いつかなくなったフォルテは早々に聞くのを諦め、ただ黙って見ていた。

 モニカに至ってはすでに帰り支度を始めている。


「素晴らしい!是非、勇者様の才能を生かして、困っている世界中の人々を救ってあげましょう!きっとその知識を本にすればベストセラーは間違いなし!!」


「そ、そうか!?いやぁ、俺もこの知識をこのまま埋もれさせるのはもったいないと思っていたんだ」


 ドラムの話しに感動したシンバは、勇者の手を取って今後の事を話すため城を後にした。

 勇者をその気にさせ、さらに自らの利益になるように誘導するシンバの手腕にフォルテは感心していた。

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