囚われの姫 バラライカ

「はぁ、疲れた」


 魔王軍の定例軍議、長く重苦しい会議を終え執務室に戻ると、フォルテは疲れを口にして椅子にもたれかかった。


「お疲れさまでしたフォルテ様、今回の軍議は散々でしたね」


 そんなフォルテに対してお茶を差し入れるシンバ。軍議はいつも、各部署の報告を受け二、三質疑応答して早々に終わるのだが今回は違った。


「まさかボンゴさんがあんなことになってるとは・・・ぷっ!」


 フォルテは軍議でのボンゴの様子を思い出し噴き出す。

 それは軍議も終盤に差し掛かった頃、ボンゴが遅れて登場しそれまでの空気を一変させた。遅れたことにそこまでの問題はなかったが、一番の問題はそのボンゴの容姿であった。

 前回、勇者の必殺技を受け全身燃え尽きたボンゴの体は肌は褐色に焼け、髪は焦げてチリチリのアフロ姿になっていたのだ。

 フォルテの席は扉の真正面、ボンゴの姿を運悪く真正面から見てしまったフォルテは会議中に噴き出してしまい、皆の非難を集めてしまった。

 特に大臣のアコール・ディオンは堅物で有名であり、その後フォルテは皆の前でアコールの小言を延々と聞かされる羽目になった。


「皆さん、自分たちに火の粉が飛ぶのを恐れて見て見ぬふりでしたからね」


 シンバがフォルテの苦労を労う。


「みんな正面から見てたら絶対噴き出してましたよね。いきなりの登場であの姿は反則です」


 フォルテは未だに思い出し笑いを繰り返す。


「どうしたの?珍しく笑い声なんて上げて、廊下まで響いてるわよ」


 知らぬ間にフォルテの笑いは廊下まで漏れていたようで、それを聞いてモニカが部屋へと入ってくる。


「今回の軍議はそんなに面白かったの?それなら私も参加すれば良かったなぁ」


 モニカが参加すると軍議は修羅場となる。一度モニカが暇つぶしにと言って参加した際は、アコールと口論に発展し、その二人に挟まれたフォルテは地獄を見た。

 それは思い出すだけで背筋が凍り、フォルテはモニカの参加を全力で拒否した。


「そ、そこまで面白いものではなかったですよモニカさん!そりゃ退屈で退屈でさっっきのは笑い声じゃなくて欠伸ですよ!あーあぁ」


 フォルテはモニカの気を逸らせようと必死に取り繕う。


「まぁ、お堅い話は興味ないですし、それよりフォルテ様にお客さんですよ」


「お客ですか?いったいどなたですか?」


 フォルテは来客の予定があるのかシンバに振り向いて確認する。

 シンバは手帳を見下ろしていたが、予定が見当たらず首を振って返事をする。


「えっと、本人は人間のお姫様だって言ってるけと?」


 フォルテに訪ねられモニカは相手の情報を伝える。フォルテは突然の国賓の来城に姿勢を正し、早速迎え入れる準備を始める。

 場所は隣の大広間、前回勇者の攻撃により崩れ落ちた壁は、今だ補修の跡が生々しくベニヤ板で塞いだ後が不格好であった。しかし、魔王の威厳を保ち接客出来る部屋も他になく仕方なくこの場に招き入れることにした。


「そなたが人間の姫か?」


 フォルテは玉座に腰掛けながら、膝をついて頭を垂れる来客に尋ねる。


「はい、私はバンジョー国第三王女、バラライカと申します。今回は魔王様にお目通りと、お願いがございまして参上いたしました」


 フォルテは王女と名乗ったバラライカを訝しげに見つめる。その身は鎧で固められ、背には立派な剣を携えている。とてのお姫様の格好とはほど遠かった。

 バラライカもフォルテの目線を感じて取り繕う。


「このような無骨な姿で申し訳ない。なにぶん共を連れずにここまで参ったものですから」


「一国の姫がこのような僻地に一人でとは、物騒な。途中で魔物にでも襲われたら一大事ですよ?」


 フォルテはもしや単身乗り込んできた勇者なのかと怪しむ。


「これでも、国では姫騎士という似つかわしくない二つ名が通っております。それなりに剣の腕にも多少は自信がありますゆえ」


 フォルテはバラライカの言葉に納得する。

 彼女の背丈は2メートル近くあり、その背負う剣は大きな身の丈をさらに超え、その重量感は成人男性二人分はあろうかという重厚さであった。もちろん並の女性では持ち上げることも出来ないであろうが、彼女の腕は丸太のように太く、その鍛え抜かれた腕が巨大な剣を振るうことを可能にしていることは見て知れた。

 腕だけでなく体つきもよく、配下のオークと比べても遜色しないほど逞しい体つきであり、あちこちに刻まれた戦いの爪痕が彼女の戦歴を如実に語っていた。

 そして、顔付きは眼光凄まじく、その眼差しは見つめられるとすくみあがるほどであった。


「フォルテ様、やはりこの者王女を語るどこぞの戦士なのでは?それにしても容姿で女王に化けるとは、まだオークにでも扮した方が自然でしたね」


「いや、モニカさん。一応胸?らしきものもありますし、女性なのは間違いないかと。言葉も通じますし、まだ様子を見ましょう」


 モニカは一瞥した際、その容姿から人間が送り込んだ刺客と怪しんでいたが、慎重派のフォルテは今だ判断が付かなかった。鍛え抜かれた胸も男性のものか女性のものか区別が付きづらかった。


「それで、姫よ。かのような場所まで一人で参って、願いとはいったいなにか?」


 フォルテは核心をつく質問をバラライカに投げかける。

 彼女はしばらく俯いていたが、意を決して顔を上げ力強く立ち上がる。その動きに反応してモニカがフォルテを守るように立ちはだかる。


「魔王殿!わたくしを、献上いたしたく存じます!」


「「え?」」


 バラライカの言葉にフォルテとモニカは同時に疑問の声を上げる。


「よ、良かったですねぇフォルテ様。こんな逞しい側室が貰えて」


 モニカがイライラしながら答える。


「いえ!わたくしは魔王の正室として迎え入れて頂くために参った所存です」


「はぁ!?正室ってそんなのポッっとでのあんたが入れると思ってるの!?」


 バラライカの発言にモニカが青筋立てて言い返す。


「ちょっ、ちょっと待って下さい!そもそも献上ってなんで?そんなのバンジョー国に要求した覚えないですよ?」


 フォルテは自らの記憶を必死に探り、事の経緯を確認する。


「我がバンジョー国はもともと軍事力に力を入れている国でした。しかし、近年国家間の争いは減り、平定した世の中では次第に国の勢力も衰えてきております。そこで国力回復のため魔王様と友好的な関係を築きたく、こうして独断で献上されに伺いました」


「えっ、それって、色々と間違ってるよね?そもそもお姫様なんて求めてないし、しかも独断で来ちゃったの!?」


「ですが国にはちゃんと、魔王城におりますと手紙を残してまいりましたのでご安心を」


「それだと魔王がお姫様攫ったみたいに受け取られるよね?友好関係どころか、逆に両国の関係にヒビが入るよね?」


 バラライカの勝手な行動に頭を悩ませるフォルテ。


「しかし、聞き及んだ話では昔魔王は頻繁に姫を攫っては結婚を迫ったとか?」


「それやると、勇者やらヒゲのおっさんやらが乗り込んで来て倒されるパターンのやつだから!?」


 すでに成立したフラグを悲観してフォルテは叫ぶ。


「そもそもなんで来ちゃったの!?お姫様なら素直に王子や勇者と結婚して幸せに暮らしてよ!」


 フォルテの言葉にバラライカは肩を震わせて言葉を詰まらせる。


「フォルテ様、女性にそんなプライベートなことを聞いてはダメですよ?」


 さすがに可哀想に思ったのか、モニカがフォルテに指摘する。


「あ、すいませんでした。興奮して配慮が足りませんでした、話したくなかったら無理には聞きませんので」


 フォルテは急いでバラライカに謝る。


「いえ、大丈夫です。こちらの事情も告げずに逆にすいません」


 バラライカは顔を上げてフォルテに話し始める。


「私は姫騎士などと呼ばれていますが、それにはもちろん訳があります」


 バラライカの話しにフォルテは真剣な眼差しを向ける。


「わたくし、こう見えましても剣の扱いに長けておりまして、力も普通の女性よりはあるんです」


 恐らく普通の男性でも彼女に勝てるものはそうそういなそうだが、フォルテはじっとこらえてここは黙っておく。


「そのため戦では先陣を切って戦うことも多く、女性ということで相手も手加減してくれたのか、多くの戦果を残すこともできました」


 彼女を初見で女性だと見分けられる者がいったいどれ程いたであろうか。そもそも人として見えるかどうかも危うい。

 その考えをモニカに見透かされたのか、フォルテはモニカに脇を突かれる。


「フォルテ様、相手は女性ですよ」


 モニカも同じ悩みを共有するのか、少し同情する姿が見られた。


「そんな私も気づけば三十路も間近、父からも婚姻の話しは頂きましたが、現れる男性はなよなよしい男性ばかり」


 彼女に勝てる男性はそうそういないだろうとフォルテも納得した。


「そこで風の噂で聞いた最強の男性、魔王様に会いに行こうと思った次第です。魔王様は姫というものが大変お好きらしいので、わたくしのことも快諾してくださるかと」


「いやいや、こっちも選ぶ権利があるから!」


 さすがに我慢できずにフォルテはつっこむ。


「良かったじゃないですか魔王様。こんな可愛らしいお姫様に見初められて」


 モニカも楽しむことに決めたのか、意地の悪い笑みでフォルテを茶化す。


「そんなぁ、モニカさん」


 フォルテは助けを求めるような目でモニカを見やる。

 その様子を見ていたバラライカが厳しい視線をモニカに向けた。

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