異世界勇者 チェロ その2

「私は勇者チェロ!悪しき魔王を倒しに参上した!」


 チェロと名乗った勇者は黒髪黒目でこの世界では見慣れぬ礼服を纏っていた。顔はまだ成人にも至っていないような幼さがあり、顔つきは歴戦の勇者とは思えぬほどの優しさが滲み出ていた。

 そんなチェロの後方には同年代くらいの女性が二人彼に付き従っていた。


「ふふふ、よく来たな勇者よ。我はフォルテ13世、魔族を束ねる王である!!」


 いつにも増してやる気に満ち溢れるフォルテは、勇者に振り返り精一杯威厳を込めて話す。勇者チェロはそんなフォルテの顔をじっと見つめ、続けて後ろにいるモニカの顔も睨みつける。


「どう、チェロ?勝てそう?」


 チェロの後ろに控える金色の長い髪を携えた女性が訪ねる。綺麗に着飾った装備は彼女に強さより気品を際立たせていた。


「クレレ、大丈夫。敵はたいしたことはないよ」


 クレレと呼ばれた金髪の女性は、フォルテを見て安心したように鼻で笑う。


「でも、あちらの男性が魔王と名乗りましたけど?偽物なんでしょうか?」


 もう一人の黒髪ショートの女性がチェロに質問する。こちらの女性は軽装備から魅力的な四肢を披露し、活発でそれでいておしとやかなイメージを醸し出している。クレレとは違った魅力があった。


「そうだねリン。たぶん彼は、魔王の影武者だ知性は高いが他のステータスは低い、それこそゴブリン並だ。あれで魔王を演じようなんて役不足だよ」


 チェロはもう一人の女性リンに説明する。その説明を聞いてモニカが笑いをこらえられずに噴き出す。


「あははは、ですってフォルテ様。一瞬で実力、看破されちゃいましたよ」


 モニカに笑われバツが悪そうにふさぎ込むフォルテ。


「なに勝手に人の実力見破った感じで話してるの?正確には力不足ですからね!言葉の意味間違ってますからね!!」


「フォルテ様、フォルテ様?器の小ささも露呈してますよ?」


 モニカが残念な者を見るように悲しい目で答える。


「チャロ?それなら本物の魔王はどこに?」


 フォルテたちの口論も無視し、リンがチェロに尋ねる。


「恐らく奥にいるアイツだ」


 チェロはまっすぐ前、玉座に座るモニカを指さした。


「ステータスが軒並み高水準だ。こんな数値見たことない、でも知力はちょっと低いな」


「ぷっ、ですって!モニカさん、当たってるじゃないですか」


 チェロの言葉に今度はフォルテが噴き出す。


「あぁん!!ほぉ、よくぞ見抜いたな勇者!!お礼に貴方には地獄をお見せしてやるますわ!」


 チェロの言葉に怒りを覚えたモニカは、拳を鳴らしながら立ち上がる。


「モニカさん大丈夫ですか?相手は僕らの能力値を把握しているみたいですが、」


 フォルテはモニカに話しかける。


「あぁん!大丈夫に決まってるですわ!どうやら、相手はそこまでこっちの情報を鮮明にわかるわけではなさそうでございますし。影武者さんはドーンと構えていて下さいませね!」


 挑発され怒りに燃えるモニカはフォルテに話しかけるが、言葉遣いも定まらず、すでに爆発寸前であった。


「さぁ、それでは始めましょう!さっさと死ねや!!」


 目を血走らせたモニカは、台座を蹴って勇者の元へ一息で跳躍する。


「クレレ、リン下がってて!ここは僕が行く!!」


「気を付けてチェロ!あの女なんだかやばいわ、野生化したゴリラみたい!」


「誰がゴリラだ、このアマぁ!!」


 チェロは力の差を感じてか二人を下がらせて一人モニカと対峙する。モニカはクレレの発した言葉に完全にスイッチが入る。

 飛びかかるモニカがチェロに向けて拳を突き出す。それに合わせてチェロは剣を抜き上段から振り下ろす。


「なに!?」


 チェロの剣は確かにモニカの拳を捕らえたが、それを切り裂く事は出来ずに拳に弾かれ後ろへと倒れこむ。


「剣ごと砕くつもりで殴りつけたんですがねぇ、そう上手くいきませんか」


 モニカは倒れ込むチェロを見下ろしながら仁王立ちで話しかける。急いで立ち上がるチェロだが、体制を整える暇を与えずモニカの猛攻が始まる。


「この程度で手も足も出ないなんて、貴方本当に勇者ですかぁ?」


 モニカは笑いながら拳を振るう、チェロは防御に撤するが段々と被弾し傷を増やしていく。今までの暴言がよほど頭にきているのか、モニカは一撃で終わらせずにチェロの体に傷を増やしていく。


「いやぁ!!チェロ!負けないでぇ」


「そうよ!そんなゴリラ女になんか負けたら承知しないんだから!!」


「さっきからあの金髪はゴリラ、ゴリラと!」


 二人の戦いに手を出せないでいるクレレとリンは追いつめられるチェロに精一杯の声援を送る。


「二人のためにも、こんなところで終われない!このぉ!」


 チェロが気合いを入れて放った渾身の一撃であったが、モニカには詠まれており、簡単にバックステップで避けられる。チェロは肩で息をしながら実力の違いを痛感していた。


「モニカさん、いけます!このまま押し切りましょう」


 フォルテは二人の戦いを見ながら圧倒的なモニカの強さに心酔していた。


「まだまだぁ、我が闘気よ燃え上がり悪を討て!『闘神武光斬』」


 叫んだチェロの身体が発光し、やがてその光は剣に絡み付く。光り輝く剣と化した武器はそのまま大きさを変え天井まで伸び、振り下ろした刀身はモニカを襲う。


「な、なんですかこれは!?よくわからないけど恥ずかしい事言ったと思ったら、なんだかド派手な技が出てきました!?」


「モニカさん!なんで説明口調?」


 ご丁寧に戦況を語るモニカに思わずつっこむフォルテ。


 モニカは実況していたせいか、見たことのない技に反応が遅れる。

 一瞬の判断ミスにより逃げ場を失い、光の剣はモニカ周辺を飲み込んで薙ぎ払った。


「モニカさーん!!」


 呆気に取られていたフォルテも我に帰ってモニカの名を呼ぶ。


「あちち、そんなに大声出さなくても聞こえてますよ」


 土煙が晴れるとそこにはモニカが立っていた。服は所々焼け焦げ、身体のあちこちに裂傷の跡が刻まれている。


「一瞬驚きましたが、我慢出来ない威力じゃないですね」


 強がりを言って笑うモニカに対して、チェロはすでに次の手を用意していた。


「原始の炎よ、悠久の時を超え今我が前に、エターナルフォースインフェルノぉ!」


 それは四天王ボンゴを葬った技であった。青紫に染め上がった炎がチェロの前に現れると、その炎は眩い光を放ち部屋全体を照らし出す。

 その後炎は爆音を轟かせてモニカに襲い掛かる、離れて見ていたフォルテの身にも、肌が焦げるほどの熱気が伝わっていた。


「なんだかよくわからないけど、変な呪文で場の空気を凍らせ対象の動きを鈍らせた後に、理不尽な火力で攻撃する。なかなか厄介だですねこれは」


「だから説明してるまに避けなさいって!!」


 わざとチェロの技を受けに行っているかのようなモニカの言動にフォルテは不安感を覚える。

 モニカは立ち込める煙の中から現れるが、背後の壁は溶けてなくなり、どんよりとした空が顔をのぞかせている。

 モニカは気合を入れて爆心地から飛び出すと、渾身の拳をチェロに向けて放つ。


「ぐっ!!」


 チェロは大技を使ったため硬直して動けないのか、モニカの拳をまともにくらう。


「考えなしにそんな大技使うから隙が生まれるんですよ!!」


 モニカは悶えるチェロに向かって話しかける。しばらく痛みに苦しんでいたチェロであったが次第に右目の色が変わり始める。


「あれは!?」


「駄目よチェロ!正気を保って」


 何かを感づいたのかクレレとリンが焦ってチェロに声を掛ける、しかし、チェロ本人は聞こえていないのか次第にその身に纏う空気が変化し始める。

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