異世界勇者 チェロ
「あいたたた」
魔王城の廊下、壁伝いに手をつき傷む体を無理やり前へと押しやる。まるで一気に年を重ねたかのようにフォルテは廊下をゆっくりと歩いていた。
「まったく、モニカさんも手加減ってものを知らないんですから」
前回怒りに燃えるモニカにやられ、不名誉の負傷を受けたフォルテ。
「せっかく無傷で勇者をやり過ごしても、味方に傷を負わされちゃ敵わないよ」
そんな一人愚痴るフォルテの耳に廊下の前方から叫び声が聞こえてくる。
「ちょっと、待て!!!」
傷だらけの体を引きずりながらフォルテが廊下を進むと、前からボールを追いかける大男が走ってきた。
フォルテは痛む体を屈めながら転がってきたボールを受け止める。
「あ、魔王様。すいません」
ボールを抱えるフォルテに向けて、どこか近くから話しかけてくる声が聞こえた。
「え?何処から?」
フォルテは周りを探すが人影はなく、こちらに近づく大男もまだ声が届く距離にはいなかった。
「ここですよ、魔王様!手元です」
再度呼びかけられ、フォルテは手元を確認すると手に持つそれはボールではなく生首であり、それが声を発していた。
「うわぁぁ!」
あまりの恐怖にフォルテは生首を放り投げる。
「あぁぁぁ-ー」
生首は雄たけびと共に空へと舞あがり、走りこんできた大男の両手に収まった。
「え、あれ?もしかして、ボンゴさん?」
生首を抱えた人物を見てみると、その顔と体格は良く知ったものであった。
「驚かせてすいません。まだ首の接着が甘くてすぐ取れちゃうんですよ」
そう言ってボンゴは首を自らの体につける。フォルテは恐怖に駆られながらその光景をまじまじと見ていた。
「手足なら生えてくるんですが、頭となるとそうもいかず、定着するのにも時間がかかって大変なんですよ。それにしても、今回は魔王様もかなり苦戦されたようですね。体中傷だらけじゃないですか」
ボンゴは傷だらけのフォルテを見ながら話してくる。
「え、えぇまあ」
フォルテの傷は、前回寝起きに暴れまわったモニカが原因であった、名誉の負傷とは正反対の傷に恥ずかしさを感じ、フォルテは真実を隠す。
「ははは、お互い体には気を付けましょう!」
ボンゴが言うと言葉の重みが段違いであった。彼はそのまま首の角度を調整しながら去って行く。
フォルテは、戦闘後のボンゴは刺激が強すぎると改めて認識していた。
「おや、フォルテ様?」
ボンゴを見送りその場で突っ立っていると、今度はシンバが声を掛けてくる。
「シンバさん。職場とは反対に向かっているってことは、また来てるんですか?」
すっかり日常と化した来客に、フォルテは辟易しながら聞く。
「えぇ、もうすぐ警報が鳴ると思います。今回はモニカさんを広間で待機するように手配してありますので、私は無用ですよね?では、お先に失礼します」
とても仕事ができる部下であった。
「あ、ありがとう」
「あっ、どうやらすでにボンゴ様が勇者と遭遇したようですね」
今までと変わらぬ平穏な城内で、シンバの耳はかすかな戦闘音を察知している。
「今回の勇者は三人組みたいです。これは、正規の訓練を受けてないのか剣術もぎこちないですね、これならもしかしたらボンゴ様が勝っちゃうかもしれませんね」
シンバは戦況を事細かに教えてくれる。
「それなら今回は出番なしか、助かりました」
フォルテが安堵しているとシンバが意味不明なことを口走る。
「えたーなるふぉーすいんふぇるの?」
「え?なんて?」
シンバの発する耳慣れぬ単語にフォルテは聞き返す。
「な、なんなのそれ?」
「わかりません。勇者がその単語を高らかに叫んだら、急に凄まじい爆炎が上がりボンゴ様を火だるまにしてしまいました」
「は?そんな魔法ありましたっけ?」
フォルテの質問にシンバは首を振って答える。
「私も魔法に詳しくはありませんが、聞いたことないですね。今回の勇者、もしかしたら異世界人かもしれません」
「異世界人?」
「えぇ、この惑星ハモニアとは別の世界から召喚されてきた勇者です。なんでも等しく病に侵されていて、よくわからない呪文を恥ずかしげもなく叫び、様々な能力を神から与えられて苦労なく魔王城までやってくるとか」
「なにそれ?理不尽過ぎない」
「えぇ、運すらも味方に付けると言われ今まで無事だった魔王はいないとか。ちなみに皆等しくハーレムを築いています」
シンバは可哀そうな目でフォルテを見つめる。
「なにそれ?なんて羨ましい」
「フォルテ様、出来ればそんな男性の敵である勇者爆死させてほしいですが、無理なお願いはしません。それでは、短い間でしたがあなたにお仕えできて光栄でした」
シンバは一方的にお礼を言うと次の瞬間には霧のように姿を消していた。
フォルテは絶望感を味わいながら城内に響く警報を聞き、仕方なく勇者を迎えるべく魔王の間まで重い体を引きずって移動していった。
「フォルテ様、遅かったですね。てっきり逃げ出したのかと思いましたよ」
魔王城最奥の広間には、すでに玉座の上で寛ぐモニカがいた。
「ほんとに・・・出来ることなら逃げ出したいですよ」
すでに弱気なフォルテは半泣きでモニカに応える。しかし、魔族の上に立つものとして討たれるまが仕事。最後まで立派にやり遂げようと覚悟を決めていた。
「モニカさん」
フォルテは力強い瞳でモニカを見つめる。モニカは真面目なフォルテを前にして何事かと姿勢を正して座る。
「どうしんですか、改まって?」
「もし、今回の勇者に勝てないと判断したら一人で逃げて下さい!勇者も魔王の命を取れば満足して帰るでしょうし、そしてモニカさんは生きて、次の魔王を守って下さい。これが魔王としての僕の最後の命令です」
フォルテは玉座に座るモニカを見上げて言う。
「いやよ」
モニカはフォルテの命令を一蹴する。
「そんな、最後ぐらいはわがまま言わずに僕の願いを聞いてください!」
フォルテは泣き出しそうな情けない声を上げながらモニカに伝える。
「私はね、物心ついたときから自分の好きなように生き、好きな人に仕えてきたの。王なら殴り倒しもしたし、気の合うやつは一緒に血も涙も流したりもしたわ。私の生き方は私が決める、フォルテ様もそうでしょ?」
モニカは笑いながら答える。
「それに最低でも500年はお仕えしないといけませんからね」
モニカはフォルテに向けてウインクする。その意図することを察しフォルテは顔を赤らめる。
「それなら、なんとしても生き残らないといけませんね!」
フォルテが決意を固めた時、勇者が部屋へと入ってくる。
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