孤高の勇者 ツツミ その2

「失礼します」


 静かに開かれた扉から長髪の男性が現れる。その不気味な雰囲気に飲まれフォルテは声を出せずにいた。


「ここが魔王の部屋でよろしいですか?」


 低姿勢な勇者に、フォルテも相手を刺激しないように慌てて答える。


「はい、私が魔王フォルテ13世です!」


「お初にお目にかかります。私はワゴン国から来ました勇者のツツミと申します」


 ツツミは室内に入るなり丁寧に挨拶を交わす。しかも礼儀正しく履き物は部屋の入り口で脱いでいた。

 お国柄なのか、なかなか好感が持てる好青年であり、フォルテはもしかしたら話し合いで解決できるかもと安易に考えだしていた。


「ご丁寧にどうも。こちらとしてもちゃんと礼節を重んじる心があれば野蛮な解決法に至らずとも、ちゃんと平和的に解決できるんです。種族は違っても我々は同じ星に生きる、」


「それでは早速、死んでいただきます」


 軽快に話し出すフォルテに対して、何も耳に届いていないのかツツミは静かに死刑宣告を下す。


「えっ?」


 相手の脈絡ない会話にフォルテが間抜けな声を上げる。


「魔王様!伏せて!」


 背後から何かの物音を捉えたのか、シンバが鬼気迫る声で指示を出す。フォルテは考える間もなくシンバの指示に従い身を屈める。

 フォルテが身を屈めるのと同時に、背後にあった玉座が崩れ落ちる。そしてフォルテの真横にはいつの間に移動したのかツツミが静かに立っていた。


「まさか私の刀を避けるとは」


 ツツミは信じられないといった感じでフォルテを見下ろす。

 フォルテは、自らの首がまだ繋がっていることを手で確認しながら包みを見上げる


(危なかった、シンバさんの指示がなければ今頃頭と体が分かれてるとこだった)


 フォルテは胸中で恐怖を呟いた。そして、相手の実力を肌で感じ背筋が凍っていた。


「さすが魔王だな。初見の攻撃を見切る眼力、そして私の殺気にあてられても俊敏に動けるその胆力、やはり一筋縄ではいかないみたいですね」


 ツツミは、フォルテの実力を見誤ってるようで一人警戒している。


「姑息なことをするではないか?いきなり切りかかるとは少し行儀が悪くはないか?」


 フォルテは動揺しながらも相手の勘違いを逆手に取って強気な姿勢で行くことにした。


「そうだな、少し焦っていたことは認めよう。今まで支えてきてくれた仲間の想いが私を後押しし、それが焦りとして行動に出てしまったようだ」


 ツツミは言い訳をしながらゆっくりとフォルテを中心に円を描くように歩く。


(魔王様、勇者の刀を持つ手が力んでいます!攻撃が来ますよ!)


 シンバがその自慢の耳でツツミの行動を予見し、フォルテに小声で伝える。


「言葉と行動が一致しておらんぞ勇者よ?そう力んでいては話もできんではないか」


 フォルテの言葉に攻撃の手を防がれたツツミは、観念したかのように刀から手を離した。


「これは恐れ入った、なんでもお見通しか」


「して勇者よ、ここは戦わずして退くことは叶わぬか?」


 フォルテは改めて説得を試みる。


「魔王よ、それは出来ない相談だ。すでに私の行動は私一人のものではない、今まで散って行った仲間の想いが込められている」


 ツツミは頑なに魔王の誘惑を拒む。


「そうか、ここに来るまでに多くの仲間を失っているのだな。それはさぞ私が憎かろう」


 フォルテはツツミに同情して答える。


「あぁ憎い。魔王、お前が憎くてたまらないぞ!お前さえ居なければ俺は実家でぬくぬくと引きこもっていられたのに、、、お前が居なければ、武道家と狩人がこっそり付き合って道中なんか気まずい雰囲気になる事もなかったんだ!」


「え?」


「お前のせいでそりが合わずに別れた仲間は数知れず、その仲間の想いを背負い、魔王、今こそお前を倒す!!」


「ちょっと待って!!仲間は戦いで死んでいったんじゃないの!?」


 フォルテは疑問に思ってツツミに尋ねる。


「戦闘なぞ私一人で十分!なのに私が一人で戦ってる間も人の背後でイチャイチャと、本当は私もパーティー皆でワイワイ冒険したかったんだ!!しかし、魔王のせいで仲間と上手く打ち解けられない。この憎しみが貴様にわかるか!?」


「いや恐らく誰にも分らんわ!」


 ツツミ今までの事を思い出し悔し涙を流す。そして理不尽な恨みにフォルテは思わずつっこむ。


「そうこうしているうちに仲間と別れ、結局一人でここまで来てしまった。もう後戻りは出来ない」


「そりゃ今更戻って仲間集めるわけにもいかないよね。でも、その恨みって魔王関係ないよね?」


 フォルテの言葉が確信をついたのか沈黙するツツミ。


「結局、友達が欲しかっただけなんだよね?」


 フォルテの言葉に黙って頷くツツミ。


「ほら、勇者になればみんなにチヤホヤされるかなって。戦いの中で仲間と友情を育んだり、可愛い巫女さんと一緒に冒険出来たり、そのまま恋に発展しちゃったりできるんだなぁと思ってたんだよ!それがなんだよ、寄ってくるのは金目当てだったりすでに彼氏いたりでなーんもときめかない!!もう、こんな旅なんて嫌だ!!辞めてやる!」


 ツツミはふさぎ込んで思いのたけをぶちまける。彼の心は完全に歪んでいた。


「えっと、まずは一か所にとどまってじっくり友達探しとかしてみたら?ほら、仲良くなってもすぐ旅立ったらせっかく育んだ友情も一からになっちゃうし」


 フォルテは膝を抱えるツツミに何とかアドバイスをひねり出す。


「同じ趣味の子とか見つけてさ、そこから会話を繋げて仲良くなればいいじゃない」


「・・・帰る」


 余りに惨めに思ったのか、すっかり意気消沈したツツミは拗ねて答えた。


「え?」


「もういい、すべてがめんどくさくなった。帰る!!!」


 ツツミはそのまま背を向けて出口に向かう。しかし、扉をくぐる際にはちゃんと振り返って一礼も欠かさなかった。


「就職口ならいつでも世話してあげるからねー、かなり年上でもよければ魔族の子も紹介してあげるし!」


 フォルテは礼儀正しい青年の背中に向けて声をかける。ツツミはフォルテの声に振り向き、再度一礼し扉をそっと閉めた。


「なかなか行儀正しい子でしたね。彼なら国に帰ってもちゃんと更生できますよ」


 いつの間にか隣にきていたシンバがフォルテに告げる。彼が姿を現したという事は危機が去ったと思っていいだろう。


「うん。あの人、何しに来たんだろうね」


「思いのたけを吐き出したらスッキリしたんでしょ」


「ここ人生相談受け付けてないんだけどね」


「時間を取られただけで、儲けのない仕事でしたね」


 フォルテの言葉にシンバは虚しさを覚えて答える。


「さぁ、魔王様。仕事、しご!!!」


 途中まで言いかけたシンバが音もなく消え去る、フォルテは何事かと思い身構えると急に扉が勢いよく開かれた。


「私の安眠を妨げたのはお前か!?」


 そこには汗だくになり、鬼の形相で佇むモニカが立っていた。体温のためか怒りのためか、体から煙を発しこちらを睨んでいる。

 勇者以上の強敵が現れ、フォルテは否応なしに第二ラウンドへ誘われた。

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