孤高の勇者 ツツミ
魔王城内の食堂、城内で働く数多くの魔族が利用するため広い空間に無数の椅子とテーブルが並べられている。そんな広大な空間も昼時となると様々な種族でごった返し、賑やかさもひとしおであった。
しかし今は昼の時間も大分過ぎており、テーブルに座る人影もまばらである。そんな室内でフォルテとシンバは軽い軽食を取っていた。
「今日も忙しいかったね、お陰で昼食がこんなに遅くなっちゃったよ」
「お疲れ様でしたフォルテ様。さぁ、サクッと食べて午後も仕事頑張りましょう」
シンバのやる気とは正反対にフォルテは午後の仕事量を考えるとげんなりとしていた。憂鬱な気分は食欲にも影響し、注文したカレーも半分近く残している。
「あれ?魔王様食欲ないですね?なにかありましたか?」
スプーンを手にし、カレーをもてあそんぶフォルテに対して背後から声がかかる。
フォルテが背後を振り向くと、そこには柱でもあるかのような大男が立っていた。
「わっ!えっ?ボンゴさんじゃないですか!?」
フォルテの背後には、前回の戦いで勇者に心臓を貫かれたボンゴが立っていた。
ボンゴの勇姿は報告を受け、その最後にはフォルテも涙していた。
「もしかして、アンデットに進化された?それだと夜勤組に編成ですから、この時間に一体なにを?」
この世に未練を持った戦士は魔王軍お抱えのネクロマンサーにより、アンデットとして蘇ることが出来る。
そしてアンデットとなると広間は弱体化してしまうため城の夜間警備に回されることになっていた。
「いやいあや、人をそんな幽霊みたいに言わないでください。ちゃんと足もありますし、まだ腐ってもいませんよ?」
フォルテのあまりの驚きぶりを見て、ボンゴは笑いながら答える。
「いやでも、ボンゴさん、心臓を一突きされたって報告が。もう、香典も出してしまいましたし」
フォルテはボンゴの無事だった訳が分からずにいた。
「フォルテ様、その程度ではボンゴ様は死にませんよ」
フォルテに対してシンバは冷静に応える。心臓を一突きにされたのに、その程度と表現されることに疑問を持つフォルテ。
「え?でも心臓ですよ?心の臓ですよ?」
「心臓だろうと、肝臓だろうと、すい臓だろうと、切れようともボンゴ様は死にません」
「ははは、丈夫だけが取り柄ですかね。一晩寝れば大丈夫ですよ」
シンバの説明にボンゴが胸を張ってこたえる。
それを丈夫の一言で片づけていいのかフォルテは不思議に思っていた。
「そ、それは、ご無事で何よりです」
ボンゴの回復力というか、再生力に恐怖しながらフォルテは彼を不死身だと認識しだしていた。
「ははは、ご心配おかけしました」
当の本人は気にも留めずに元気に食堂を後にしていった。
「出した香典、返ってこないよね?」
「フォルテ様、これからはボンゴ様への香典は1,2週間待ってから出されるのが賢明ですよ」
ボンゴを見送ったフォルテは静かになった食堂でシンバの助言に納得していた。
そんなシンバを見るとどこかよそよそしく、大きな耳がピクピクと動いている。その様子にハッとし、フォルテは急いでシンバの腕を捕まえる。
「フォルテ様?放して頂けますか?」
シンバは目線を泳がせながらフォルテに懇願する。
「シンバさん?何処に行こうというんですか?」
フォルテはシンバを捕まえる腕に力を込める。
「いえ、ちょっと急用が」
シンバがしどろもどろ答えている時、城内に緊急のアナウンスが鳴り響く。
『勇者の襲来です。勇者の襲来です。各員は至急持ち場について下さい』
フォルテの予想通り勇者が来たようだ。シンバはそれをいち早く察知し、青い顔をしながら冷や汗をかいている。
「フォルテ様?勇者ですよ!ほら早く魔王の間へ行かれては?」
「その間シンバさんはどちらに?」
「もちろん魔王様の無事を祈って避難致します」
「勇者の迎撃も立派な業務に一つですよ、それを放棄するなんて」
「鬼!悪魔!!」
「ご存じの通り魔王ですから」
フォルテの悪魔のような微笑みに、シンバの自慢の耳は力なく垂れ下がった。
「ですが実際私が居ても何の役にも立てませんし、それなら魔王様の分まで書類仕事に尽力していたほうがまだ有効かと」
シンバはこの場から早く逃れるため精一杯フォルテに訴えかける。
「それもそうですね、では戻るまで書類整理もお願いしますね」
すっかりしてやられた感じで、シンバは力なく頷いた。
フォルテは勝ち誇った表情で立ち上がったが、果たして無事に帰れるのか不安でいっぱいだった。
とりあえずこれで勝っても負けても地獄を見ることはなくなった。
魔王城の廊下は様々な種族が行き来するため広く大きく作られている。
その廊下の端に勇者の男性は立っていた。長くグレーの髪は顔にまでかかりその表情を隠している。布一枚を羽織ったかのような服は東洋の着流しという衣服であった。
腰には反り返った細身の剣である刀を一振り携え、脱力したように静かに佇んでいる。
「お前が勇者か?」
勇者の目の前には大柄な魔族が立ちふさがり、睨みつけてながら問いかけてくる。
「いかにも、」
勇者は相手にギリギリ届くくらいの声量で答える。
「我は魔王軍が四天王の一人、轟音のボンゴ!ここが貴様の墓場だと心得よ!」
「私は勇者ツツミ、仲間の想いと墓標を背負いここまで参った」
「そうか、ならお仲間と一緒にお前の墓も並べてや・・」
ボンゴとツツミの間にはまだ相当の距離があった。そのためボンゴは武器も構えず仁王立ちで声を張り上げていた。
余裕の姿勢を貫いていたボンゴであったが、ツツミは数十メートルはあろうかという二人の距離を一瞬で駆け抜けボンゴの首を切り落とした。
首から上を失ったボンゴはそのまま前へと倒れこむ。
「私の後ろには無数の墓標が並ぶ」
ツツミは振り返ることなく刀を鞘に納め、そのまま廊下を奥へと進んでいった。
「魔王様!勇者がそこまで迫っています!どうやらボンゴ様は一太刀でやられたようです!」
シンバの耳には廊下で戦っていた二人の様子が鮮明に届いていた。
「一太刀って、あのボンゴさんが手も足も出なかったの?」
「はい、手も足もでなかったようで、しかもいまでは首もありません」
シンバは、フォルテの座る台座の後ろにある通路に隠れ、声だけをフォルテに届けてくる。
フォルテはボンゴの最期を知って身震いする。
「シンバさん!モニカさんは今どちらに!?」
フォルテは命の危険を感じて急ぎモニカの行方を探る。
「えっと、二階の仮眠室で寝息が聞こえますね・・・」
「こんな時に何を呑気な!!すぐ起こして来てください!」
「フォルテ様?モニカさんの寝起きの悪さはご存じでしょ?下手したら勇者より厄介ですよ?それでもいいんですか?」
シンバの言葉にフォルテは背筋が凍るのを実感する。以前寝ているモニカを起こして病院送りになった者、トラウマで職場復帰を諦めた者を何人か知っていたからだ。
「な、なんとかしてモニカさんを起こして下さい!」
「穏便に済ますために、今仮眠室の温度を徐々に上げております、そのうち暑くて起きますよ。きっと」
「その時には、今度は僕が永眠してますよ!」
フォルテが如何ともし難いジレンマと戦っていると、無情にも扉は開かれ勇者が室内へと導かれた。
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