駆け出し勇者 ピノア

「フォルテ様、本当に行かれるのですか?」


 魔王城の城門前、心配そうな声でシンバが告げる。

 シンバの前には旅支度を終えた魔王フォルテが立っている。


「大丈夫ですよシンバさん。これから行く国は先代魔王の頃から親交がありますし、万が一もあり得ませんよ」


 自分で言っておきながら、不安なフラグを警戒するフォルテ。安心感を得ようと自らの隣に立つ少女を見やる。


「それでも道中魔王様の身に何があったらと思うと、」


 フォルテとは違う目線で少女を見るシンバ。彼女の存在がシンバにとっては不安の種であった。 


「こうして護衛にモニカさんもいますから、大丈夫ですって」


 フォルテは上機嫌で馬車に乗り込むモニカを見て言う。

 フォルテにとっては強力な護衛であるが、シンバの見解では厄介ごとを引き入れる存在という認識であった。


「それが一番心配なんですが。モニカさん、くれぐれも魔王様のこと頼みましたよ」


 シンバはモニカを睨みつけて告げる。当のモニカはすっかり旅行気分で浮かれているのが見て取れた。


「大丈夫だってシンバくん!あっちゃんとお土産も買ってくるから心配しないの!」


「モニカさん、そういう意味で言っている訳ではないんです」


 シンバはため息をつきながら自分だけ心配しているのが馬鹿らしく感じてきた。


「とりあえず!くれぐれも気を付けて下さいね」


 シンバは最後に念を押し、馬車が見えなくなるまで二人を見送っていた。


「シンバくんも心配性ですね。あんなに気を使って毎日疲れないんですかね?」


 モニカは手を振るシンバを振り返り見ながらフォルテに話しかる。


「それがシンバさんの良さですよ。多少行き過ぎたところはありますが」


 シンバの気苦労を少しも理解することなく、フォルテはモニカに笑って答えた。

 二人がこれから向かう国、サイザ国は人と魔族がともに暮らす珍し国で、国内では種族間の争いは禁じられ、諸外国に対しても中立を貫いていた。

 フォルテもこれまでに何度か訪れたことがあり、その度平和な街の雰囲気に感銘を受けていた。

 今回は最近増え続けている難民問題や安全保障について話し合うために魔王自ら話し合いに赴いていた。


「サイザ国まで半日ですかぁ。意外と近いですね、ちょっと寄り道でもして各地の名産でも食べ歩きましょうよ」


 モニカは当初の目的を完全に忘れ、すっかり旅行気分であった。もちろんモニカの意見は早々に却下し、フォルテは先を急いだ。


「一日でも城を開けたらどれだけ仕事が溜まることか。出来るだけ早く帰りますよ!」


 モニカはふてくされながらフォルテに返事をする。そしてフォルテは、御者に指示を出し先を急がせていた。

 魔王城から伸びる街道はよく整備されていて、人や魔族の往来も多い。しかし全ての国が同じように発展しているわけでなく、この快適な馬車の度も早々に終わりを迎え未舗装の悪路が続くようになった。


「各国を繋ぐ街道の整備、これも早く対策しないといけませんね」


 馬車では走行出来ない道にさしかかると、フォルテとモニカは馬車を降り、仕方なく徒歩で旅路を急ぐ。

 力もなければ体力も心許ないフォルテは歩きにくい道に苦戦しながら呟く。


「でもですよフォルテ様?魔王城に簡単にアクセスできるようになると勇者も簡単に来ちゃいますよ?」


 モニカは意地悪く笑って言う。


「そ、それは困ります!そうだ国境に関所を設けて、いやそれには予算が、」


「それよりも、城の周りにマグマを敷き詰めたり、足を踏み入れたら即死の毒沼でも設置すればいいんですよ!」


 真剣に悩むフォルテに対しモニカは軽く発言する。


「なに言ってるんですか!そんなことしたら私たちも城から出れなくなりますよ!!」


 フォルテはその後も真剣に悩んでいた。そんなことを言いながら歩く二人の前方に、旅人とサイザ国の兵士が言い争っているのが目に入る。


「なんですかあれ?」


 モニカがフォルテに聞くが、もちろんフォルテもわからず首を振る。

 段々言い争う二人に近づくと、会話の内容も耳に届いてきた。


「だから、本当に知らなかったんですってば!」


「君ね、知らなかったじゃ済まされないんだよ?もう少しで大ごとになるところだったんだから!!」


 どうやら旅人が悪さをして兵士に叱られているようだ。叱られている旅人はフォルテと同じくらいの見た目で背丈も同じくらいだ、人間なら歳は15.6と言ったところか、青い髪は薄汚れ着ているものもボロボロであった。旅人というよりは孤児や物乞いのようにも見えた。

 さすがに少年が可哀そうになり、フォルテは声を掛けようと近寄っていく。


「フォルテ様。急いで帰るんじゃないんですか?」


 モニカは呆れた様子でお人よしな性格のフォルテを諭す。


「あんな小さな子を放っておけないじゃないですか!?」


「そんなこと言っても、フォルテ様も十分子供じゃないですか」


「これでも恐らく彼の10倍以上は長生きしてるんです!それにあの兵士より年上でもありますし、やはり年長者の意地を見せなければ」


「おそらく1番の年長者は、圧倒的に私ですけどね」


 言い争っている兵士もおそらくは30手前といった年頃であった。確かにどちらもフォルテよりは圧倒的に年下である。

 自らは係るつもりはなく、フォルテの説得も早々に諦めたモニカは手を上げてお好きにするようにフォルテを促す。


「どうかされましたか?」


 モニカをかわしたフォルテは、言い争いをする二人に近づく。


「ん?なんだ君は?」


 いきなり話しかけてきた少年に、兵士の男は不信感をあらわにする。


「お困りのようでしたので、何か力になれないかと思いまして」


 フォルテは笑みを浮かべて兵士にすり寄った。


「お願いです!助けて下さい。このままでは僕、牢屋に入れられちゃいます」


 いきなり現れたフォルテに救いの手を求める旅人兼浮浪者の少年。彼はフォルテの手を握りしめ離さないように力を込める。見た目以上の力強さと何日も風呂に入っていないような臭いに顔をしかめるフォルテ。


「こら!勝手に動くんじゃない!」


 少年を叱る兵士にフォルテは金貨を握らせる。


「ここは私が責任を持ちますので、どうか穏便に」


 兵士は手の中の感触を確かめて笑みを浮かべる。


「まぁ、そこまで言うなら今回は不問にしよう。次はないからな坊主!」


 兵士は最後に少年を一括すると城壁の見える街の方へと歩いていった。


「また無駄遣いして、シンバ君に怒られますよ?」


「モニカさんの買い食いで使ったって事にして、誤魔化しときますよ。うちに来る勇者にも同じような手が通じればいいんですけどね」


「フォルテ様、それは勇者じゃなくてただの強盗ですよ?」


「お金で方がつく分、強盗の方がまだ可愛らしいですよ」


 疲れ切ったように乾いた笑いを返すフォルテ。モニカはそんなどこか悟ったフォルテを可哀そうな目で見ていた。

 そんな二人の元に兵士から解放された少年が近づいてきた。


「ありがとう御座います、あちらの衛兵さんいくら話しても分かってくれなくて困ってたんです。申し遅れました、僕はオルガノ村から来ましたピノアと申します」


「それだけ仕事熱心な衛兵さんだったんですよ、私はフォルテと申します」


「モニカよ、仕事というか副業に熱心だったんですけどね」


 モニカが臨時収入を喜ぶ衛兵を見て言う。


「オルガノ村なんてずいぶん田舎から来たのね。一人で来たの?」


 モニカが驚くようにピノアの故郷オルガノ村はここサイザ国から道なき道を行くこと数ヵ月、秘境とすら言われる場所にある村である。

 そしてピノアの恰好は、皮の外套に皮の服、荷物らしい荷物はなく、ただ手にヒノキの棒が握られているだけであった。とてもそんな長旅をしてきたようには見えない。


「もしかして野盗にでも襲われましたか?」


 フォルテはピノアの身なりを見て心配する。


「いえ、一人村を飛び出して何とかここまで来たんですが。疲れて休もうと野営の準備をしていたら、いきなり兵士さんに呼び止められ逮捕されそうになっていたんです」


 ピノアは何が悪いのか見当が付かないといった感じで話している。


「何も悪いことも、迷惑もかけていないのにいきなり逮捕なんて、横暴な衛兵さんです」


 ピノアは溜まったストレスを発散する為か、手にしているヒノキの棒を振り回す。


「えっと、ピノア君?ここキャンプ禁止だよ?」


 サイザ国へと繋がる平原はいかなる戦闘行為も禁止されている、そして火器類に至っても火事を防ぐために禁止され、日夜兵士が厳重に目を光らせている。

 フォルテは街道脇に立つ火気厳禁の立て札を指さして言う。


「しかも今は乾季だから、もし草木に燃え移ったら一気に火が回って大惨事よ」


 モニカも諭すようにピノアに告げる。


「そ、そうだったんですか!?」


 ピノアは自分の無知を嘆いて膝を落とす。


「その歳まで一人生きてきたんだもんね、知らなくてもしょうがないさ」


 フォルテは、そんなピノアをみなしごだと思い込み彼に同情する。


「えっ?両親はまだ故郷に健在ですけど?」


「両親がいるのに、その恰好で村を出たの?まさか家出?」


 モニカは信じられないといった感じで声を上げる。


「いえ、村を上げて盛大に送り出してもらいました。こうして武器と100Gも貰って」


 この世界で100Gの価値はパンが一つ買えるくらいの価値である。そしてピノアは武器と称してヒノキの棒を掲げる。


「フォルテ様、この子可笑しいです。これって村八分ってやつじゃ?田舎では食い扶持を減らすために子を捨てる風習もあるとか」


「そうですね、想像以上に可哀そうな子だったね」


 フォルテとモニカは小声で話す。


「なんてこと言うんですか!?僕はちゃんと信託を受けた勇者なんですよ!これから魔王を倒す旅に向かうところなんです!」


 ピノアは胸を張って自慢げに二人に話す。


「だそうですよフォルテ様?今ならフォルテ様でも簡単に倒せそうですけど、どうしますか?ここでやっちゃいますか?」


「どうするって、流石にこんな可哀想な子を倒すなんて出来ないよ。それにここ戦闘禁止区域だからね?」


「それなら城まで招いてボコボコにしますか?」


「何処の世界にわざわざ勇者を招く魔王がいるの?」


 まさかの勇者との出会いにフォルテは戸惑いを隠せず、喧嘩腰のモニカは思わぬ邂逅に興奮を隠せずにいる。


「たしかに今はまだ貧弱ですが、そのうち力を付けて、頼もしい仲間と共に必ずや世界を救って見せます!!」


「あぁ、うん。頑張って」


 フォルテはピノアの迫力に圧倒されて空返事を返す。


「どこか抜けてますし、放って置いても勝手に途中で挫折しそうですね」


「うん、今はまだそっとしておこうか」


 フォルテは昔から疑問に思っていた、なぜ歴代の魔王は、勇者なんて脅威を野放しにしておくのか。

 勇者なんてレベルの低いうちにさっさと倒せばいいと思っていたが、そうしない答えを今知った気がした。


「やっぱり、一生懸命に頑張る若い子って無条件で応援したくなりますもんね」


 モニカはピノアを眩しそうに見つめながら話す。そんなモニカを見ながらフォルテは腑に落ちない表情を浮かべる。


「もちろん、頑張ってるフォルテ様も応援してますよ」


 モニカはフォルテの表情を読み取り、眩しい笑顔で笑って答えた。


「あ、ありがとうございます。でも、出来ればピノアくんには途中で挫折して欲しいかな」


 フォルテは未来ある若者を素直に応援できない自分を少し嫌いになった。


「それでピノアくんはこれからどうするの?」


 敵対する勇者でありながら、少し放っておけない少年を心配しモニカが訪ねる。


「ここで野営をするとまた怒られそうなので、もう少し人里離れた沢で過ごそうと思います」


「そっか、荷物少なそうだけどキャンプ道具はあるのかな?」


 フォルテはピノアの装備品の貧弱を心配して伺う。


「寝るだけですから草もかき集めて過ごします」


「生水だけは気をつけるんだよ!」


「大丈夫です!ちゃんと毒消し草も持ってますから」


「ピノアくん、それ毒消しじゃ治らない・・・」


 どこか抜けているピノアに頭を抱えるフォルテ。


「フォルテ様、わざわざ手を下さずとも大自然が彼を殺しそうですね」


 モニカは残念な勇者を見つめて小声で話す。


「モニカさん・・・」


「わかってますよ、フォルテ様」


 まるで捨てられた子犬を見るような目のフォルテ、その心中をモニカは察する。


「ピノアくん、良かったら今夜は僕らの宿に泊まらないかい?ほら、僕たちも冒険の話しとか色々聞きたいから、是非!」


「えっ!?いいんですか?」


 まるで子犬のように飛び跳ねて喜ぶピノア。


「勇者を助ける魔王なんて、フォルテ様くらいですね」


 そんなフォルテの優しさを微笑ましそうにモニカは見つめていた。

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