愛の勇者 ホルトその2

愛の勇者 ホルト


「さすが魔王だ。何もしてないというのに、殺気がここまでヒシヒシと伝わってくる」


 ホルトは、睨みつけてくるフォルテの視線を受け止めて冷や汗を拭う。


「毎度、毎度邪魔ばかりして。仕事だけでなく、私生活にも土足で踏み込んできて」


 せっかくのモニカとの雰囲気を邪魔され、フォルテは恨めしくホルトを見つめていた。仕事も邪魔され、恋愛も邪魔されるフォルテ、相変わらず土足で入ってくる勇者を憎らしく見つめていた。

 そんなフォルテの一方的な憎悪を買っている勇者ホルトは、寄り添うように魔法使いのシャイを引き連れこれ見よがしに手も繋いでいた。

 今のフォルテに二人の姿は刺激が強く、余計に憎悪を膨らませた。


「ホルト、私なんだか怖いわ」


「大丈夫だよ、シャイは僕が命に代えても守るから」


「いやよ、ホルト!死ぬときはいっ、」


「もういいですかねぇ!?いったいお二人はこの部屋に何しに来てるんですかぁあぁ!?イチャイチャするなら宿屋でしてもらってもいいですかねぇ!?」


 二人の会話に痺れを切らしたフォルテが珍しく怒鳴って言う。


「ホルト、あの人怖いわ」


「あぁ、男の嫉妬は見苦しいねシャイ」


「お前ら!いい加減にしろ!」


 怒りに燃えたフォルテは、両手から嫉妬の炎を滾らせ二人に向かって投げかける。


「危ない!!」


 ホルトは自らに向かってくる炎だけじゃなく、シャイに迫る炎も剣で叩き落す。


「ありがとうホルト、助かったわ」


 たいした窮地でもないのに抱き合う二人、フォルテは今ほど自分にこの勇者を叩きのめす力がないことに悔やんだときはなかった。

 どれだけ憤慨していてもフォルテの実力に変わりはなく、練り上げた魔力の炎もホルトにあっさりと叩き落されてしまう。


「嫉妬だけでなく不意打ちまでとは、卑怯な魔王め」


 意味のない先制攻撃であったがホルトを怒らせる事には成功し、逆上したホルトがフォルテに迫る。

 そのあふれ出る力に圧倒され、肝を冷やしたフォルテは後ろに下がったが躓いてしまう。眼前にホルトの剣が迫る中、フォルテは目をつむり覚悟を決める。


「まったく、挑発するなら最後まで責任持って下さいよフォルテ様」


 フォルテがゆっくりと目を開けると、今まで静観を決め込んでいたモニカがホルスの剣を掴んで止めていた。


「エビフライもう一本追加ですからね」


「わ、わかりました」


 モニカのその眩しい笑顔にフォルテは自然と敬語で答えた。


「さーて、お腹ペコペコですからさっさと終わらせますよ」


 自らの剣を軽々と止められたホルトがモニカの手を振り払って距離をとる。


「大丈夫ホルト?彼女なかなか強そうよ?」


「わかってる。だけど、誰が相手だろうと負けはしない!」


 決意を新たにしたホルトが素早い剣裁きでモニカに襲い掛かる。


「モ、モニカさん!?」


 フォルテの目にはホルトの剣筋は見えずモニカが切られたように感じられた。


「大丈夫ですよフォルテ様。ちょっと空腹ふらふらしますが」


 モニカはスカートの裾が切れている事を確認しながらフォルテに告げる。


「次は本気で切ります!出来れば女性に手をかけたくないんですが、おとなしく下がってくれませんか?」


「残念ですがエビフライ5本が控えているので、ご希望には添えません」


「えー、いつの間にか2本増えてるんですが?」


 モニカとホルトのやり取りにツッコミを入れるフォルテ。

 その後二人は示し合わせたかのように同じタイミングでぶつかり合う。武器を持たないモニカはホルトの攻撃を全て紙一重でかわしている。


「素晴らしい動きすね、でも避けてばかりではいつまでたっても終わりませんよ?」


 素早いモニカに焦りを感じ、隙を作ろうと挑発を試みるホルト。

 いつもなら有無を言わせないほと圧倒的な実力差で終わらせるモニカが、いやに慎重に事を運んでる事にフォルテは不安感を覚えていた。


「モニカさん、本当に大丈夫ですか?」


 フォルテは不安になってモニカに話しかける。


「お腹が空いてヤバいです」


 どうやら昼食をお預けされている事によりモニカは本来の力が出せていないようだった。そのためモニカも余計な力を使わないように決定的な隙を伺っていた。

 モニカのピンチを察しフォルテは、何か出来ることはないか考えを巡らせる。


「ホルト、頑張って」


 声のした方を見ると、シャイがホルトを応援している。どうやら彼女も出来ることがないのかホルトの応援に徹していた。


「背に腹は代えられない、最後までニヒルに徹しますよ!」


 フォルテは、自分の思いつきに一瞬躊躇したが覚悟を決めてシャイの下へと走る。


「だんだん疲れが見えてきてますよ?そろそろ限界が近いんじゃないんですか?」


 モニカの動きが鈍ったのを察してホルトが余裕の笑みを見せる。


「これはまずいです、きゃぁ!」


 力が入らないためか、足がもつれるモニカ、その隙をついてついにホルトの剣がモニカを捉えた。

 しかしホルトの剣は、突如響いたシャイの悲鳴により動きを止める。


「シャイ!?」


 戦いすら忘れてシャイの方を振り向くホルト。そこにはシャイを人質に取ったフォルテの姿があった。


「お、大人しく剣を下ろして下さいぃ!」


 フォルテは震えた声でホルトに呼びかける。


「ホルト、私のことは気にしないで、戦って!そして、世界を救って!あなたは勇者でしょ?私のことは気にしないで、私一人の命で何千人といる国民が救われるのなら私はそれで満足よ」


 シャイは涙を流しながらホルトに訴える。そこまでの覚悟を知り、フォルテは彼女の人質としての価値を疑う。


「そこまでの覚悟があるんですね。ならもう私には、勇者を止める術はない。どうしてもモニカさんを殺すといういうのなら先に、えっ?」


 諦めを悟ったフォルテの目に、武器を捨てたホルトの姿が写る。


「この世にシャイより大切なものなんてない、俺は国を敵に回してもお前を助ける!!」


 ホルトは勇者の使命をあっさりと捨て、シャイを選んだ。

 その呆気ない行動にすっかり力が抜けてしまったフォルテ。フォルテの拘束を振り解いて走り出すシャイ。


「ホルトー」


「シャイ!」


 二人は部屋の中央で抱き合い愛を誓い合う。

 すっかり戦闘意欲を削がれたフォルテは、二人に対し額に青筋を浮かべながら優しく声をかける。


「もう、本当に君たち出てって下さい」


 二人の時間はいつまでも続きフォルテの言葉も届いていない。


「もう、放っておいてご飯食べに行きましょうか?」


 モニカに近寄ってきてフォルテに声をかける。


「そうですね、そのうち出ていくでしょ」


「それにしてもフォルテ様?さっきはなんて言おうとしていたんですか?」


 モニカはフォルテの言葉を待つ。フォルテは顔を赤くしながらモニカから顔を背けて答える。


「先にお昼ご飯を食べさせてあげて下さいって言おうとしたんですよ!!」


「えーー、ほんとですかぁ?」


 部屋で抱き合う勇者とは違い、年長者の魔族の二人は微笑ましい光景を醸し出していた。

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