愛の勇者 ホルト
その日は朝から暖かな春の日差しに包まれ、魔王城にも穏やかな時間が流れていた。そんな天気の良い昼下がり、フォルテは仕事も一段落したので魔王城の中庭を散歩していた。
前回の戦いの影響か、ここ数日は勇者の襲来もなく平和な日常が送れている。そんな平和で安定した毎日がずっと続けばいいとフォルテは願っていた。
「こんにちは魔王様。いいお天気ですね、お散歩ですか?」
気持ち晴れやかに歩くフォルテに挨拶が向けられる。
「あ、ボンゴさん。こんにちは、怪我の具合はいかがですか?」
トレーニング中なのか、巨大な丸太を勢いよく振り回すボンゴがフォルテに語りかける。
「お陰様ですっかり良くなりました。腕もほら、元通り生え替わりました」
ボンゴは、前回勇者に切り落とされた腕を振り回し快調をアピールする。
前回の戦いでボンゴの右腕は肩からバッサリと切り落とされたはずだが、目の前のボンゴの右腕はしっかりと肩から生え巨大な丸太を握り締めていた。
「そ、それは良かった。腕って生えてくるもんなんですね、く、くれぐれも無理はしないように」
フォルテはボンゴの化け物のような回復力なのか、再生力に若干引きながら愛想笑いを返す。
そして、その体質に少々恐怖すら覚え早々にボンゴと別れ、城内へと戻ることにした。
そんな城内へ戻ったフォルテの前方から見知った顔が歩いてくる。
「あっ!モニカさん。これからお昼ですか?」
怠そうに歩くモニカに向けてフォルテは声をかける。
「えぇフォルテ様、もう朝ごはん食べそびれたちゃって、お腹ぺこぺこです」
朝が極端に弱いモニカはたいてい昼頃起き、いつも朝ごはんは食べそびれていた。そのため昼食時はその体型からは考えられないほどの量を食べ、食堂のおばちゃんを驚かせている。
「朝ご飯の時間も12時くらいにしてくれればいいのに?」
「それだと、昼ご飯と夜ご飯の時間もずれちゃいますよね?」
「朝が12時で、昼は18時、夜ご飯は24時で、夜食が6時。あっ、それぞれの間におやつの時間が抜けてましたね」
「24時間ずっと食べてません?」
「あぁ、これだと寝る時間が!!悩ましい」
「モニカさんにとって、一日って食うか寝るかしかないんですか?」
「なに言ってるんですか!ちゃんと遊びの時間も考えてますよ!!いやだなフォルテ様ー」
明るく笑いながらフォルテの肩を叩くモニカ、その加減を知らない腕力に咳き込みながら仕事という概念が彼女にないことを改めて認識する。
「フォルテ様は今から仕事ですか?」
「えぇ、食後の散歩も終わって執務室に戻るところです」
その時、談笑する二人の間を小さな影が猛スピードで横切る。
「な、今のは?」
あまりの猛スピードで目の前を通ったので、何者か判断できなかったフォルテは驚きの声をあげる。
「あれは、シンバ君ですね。あんなに急いでどこに行くんでしょうか?」
どうやらモニカには今の速度が判断出来たらしく不思議そうに声を上げる。
普段落ち着いているシンバが急いで逃げるほどの要件は一つしか思いつかない。フォルテは悪い予感を感じ、その予感はすぐに的中した。
『緊急放送!勇者の襲来です。繰り返します、勇者の襲来です。各職員は至急持ち場についてください』
こうしてフォルテの平穏だったつかの間の日常は終わりを迎えたのだった。
場所は変わって魔王城の中庭、そこには先ほどまでトレーニングをしていた四天王のボンゴと二人組の勇者の戦いが始まっていた。
「どうした、威勢よく飛び込んできたわりにはこんなものか?」
戦況は珍しくボンゴが優勢で、男の勇者と女の魔法使いが追い詰められていた。
「大丈夫かシャイ?」
シャイと呼ばれた女性の魔法使いは息を切らして答える。
「えぇ、このくらいへっちゃらよホルト」
勇者ホルトは魔法使いシャイに手を差し伸べ体を引き起こす。その際、ホルトが勢いよく手を引くのでシャイはバランスを崩しホルトの上に倒れこむ形になった。
「ご、ごめんなさいほると」
シャイは慌てて立ち上がり顔を赤く染め後ろを向く。
「こちらこそ、ごめんよシャイ」
二人の間になんだか照れくさく、重苦しい雰囲気が流れる。
「さぁ、私は大丈夫。戦いに集中しましょ!」
シャイは前を向いて四天王のボンゴを睨みつける。ホルトも頷いで剣を握った拳に力を込める。
「うぉほん!!何度やっても同じことだ、お前たちはこの先は進めない!」
少し場違いな空気を振り払うようにボンゴは咳払いし、それでも律儀に相手の態勢が整うのを待った後に二人に声をかける。ボンゴは意外にも空気の読める男であった。
そうして再び戦闘は始まり、ホルトがボンゴに向けて掲げた剣を振り下ろす。ボンゴはそれを愛用の戦斧で受け止め、二人は膠着状態へと陥る。
「今だシャイ!押さえ込んでる間に、僕ごとこの魔族を打ち抜くんだ!」
「や、やめろ!!そんなことしたら、お前もただでは済まないぞ!?」
ボンゴを必死に抑え込んでいるホルトが後方にいるシャイに向かって叫ぶ。ボンゴも身の危険を感じていたが、それ以上にこの状況に酔いしれて叫ぶ。
「そんなことしたらホルト、アナタも無事では済まないわ!!」
「いいからやるんだ、このままでは二人ともやられてしまう。君だけでも、どうか生きてくれ!」
ホルトの捨て身の行動をとシャイが咎め、二人は言い争いを始める。ホルトの注意が削がれ、ボンゴを押さえつけていた力が緩んでいく。
「ぐをぉぉぉ!そうはいくか!!」
ボンゴは隙を突て会心の力でホルトを押し返す。変な劇でも始まったかのように大げさな動きのボンゴ。バランスを崩したホルトを無視しシャイの下へ向かう。
「女ぁ、先にお前から始末してくれるーーぅ!」
まるで役者のように変なアドリブで話すボンゴ。それすらも気にならず、二人の世界におちいるホルトとシャイ。
シャイは何故かその場にへたり込み、眼前に迫るボンゴの戦斧から逃げずにいた。
「あぁ、た、たすけてホルト!!!」
「シャーイ!!」
逃げるそぶりも見せずホルトの助けを待つシャイ。
「ぐをぉぉぉ、なんて素晴らしいんだぁぁぁ」
シャイのホストを信じて疑わない姿勢に胸を撃たれ、彼女いない歴230年のボンゴが嗚咽と共に涙を流す。
一方、シャイの危機を目の当たりにしたホルトは、魂の叫びと共に真の力を呼び起こそうとしていた。
そうでなくても力の抜けたボンゴに対し、一瞬にして間合いを詰めるホルト。真の力に目覚めた勇者は片手で軽々とボンゴの戦斧を受け止める。
「大丈夫かい?シャイ」
涼しい顔をしながらシャイに向き直り話しかけるホルト。そんな勇者を羨望の眼差しで見つめるシャイとボンゴ。
一瞬早く目が覚めたボンゴは自身の戦斧に力を込める。
「なに!?どこからこんな力が?俺の斧が動かない」
覚醒したホルトにとって、もはやボンゴは敵ではなかった。超重量を誇るボンゴの戦斧すら軽々と跳ね返すと、素早い剣の一突きが正確にボンゴの心臓を貫く。
「が、そ、そんな馬鹿な」
心臓を貫かれ大の字になって倒れこむボンゴ。それを見つめ、ホルトは戦いの終わりを実感した。
「ホルト?その力は一体?」
今までとは段違いな力に驚くシャイ。ホルトは自分の力を確かめるように両手を握ると、シャイに話しかける。
「僕は今まで心のどこかで恐れていた、この力のせいで君から恐れられるのを、それで君が離れていってしますのを。でも、君を失いそうになって、その方が何倍も嫌なんだって気づいたんだ!!」
ホルトはシャイに背を向けながら肩を震わせて想いを語る。そんな葛藤を背負ったホルトにシャイは後ろから優しく抱き着き語りかける。
「ホルトはホルトだよ、アナタを嫌いになったりなんかしないわ」
シャイの優しさにホルトは涙し、二人はきつく抱き合う、戦いに敗れ倒れこんだボンゴからも血と共に涙が流れて続けていた。
ボンゴが打ち取られた知らせを受けた魔王の控える大広間では、フォルテとモニカが言い争いを続けていた。
「フォルテ様ー?私これから食事なんですけど!?」
モニカの腕にしがみ付き、フォルテは彼女がこの場を離れ食事に行くのを阻止している。
「重々、重々承知しております!モニカさん!ですが、ここでモニカさんに行かれると、私は間違いなく打ち取られてしまうんですー」
フォルテはモニカに引きずられながら、涙ながらに懇願する。
「えー、私お腹ペコペコなんですけどー」
「そうおっしゃらずにー、魔王の命と昼食と、どっちが大事なんですか!?」
「そりゃ、昼食に決まってるじゃないですか」
少しも考える素振りも見せずに、フォルテの命は昼食に完敗する。
「よく考えて下さいモニカさん!!ここで私が打ち取られたら魔王の席は空席ですよ!?そうなれば次の魔王候補は参謀のアコール・ディオンさんですよ!?それでもいいんですか?」
いまフォルテの口から名前が上がったアコール・ディオンは、古くから魔王軍にいる重鎮で年齢不詳のモニカを除けば一番の古株になる。悪い魔族ではないのだが、規律に厳しく普段から小言が多い堅物であり、モニカは顔を合わせるたびにアコールから嫌味を言われるので日常的に彼を避けていた。
「そ、それは一大事ですね」
モニカは渋い顔で最悪の未来を予想する。揺らいだ感情を後押しするようにフォルテは畳みかける。
「それと、手助けしてくれたら昼食にエビフライ二本付けますよ」
「え、エビフライですか!?それに二本も!!」
フォルテの策略はまんまと功を奏し、モニカはしばし昼食を我慢することになった。
「しかし、フォルテ様も早くご世継ぎを作られては?そうすれば打ち取られても安泰ですのに」
「そんな縁起でもない」
エビフライで気をよくしたモニカは、涎を我慢しながらフォルテに語り掛ける。
「それに僕はまだ162歳ですよ?子を成すには100年は優に早いです」
「恋に年齢は関係ありませんよ。もしよろしければ私がお相手しましょうか?」
モニカが冗談とも本気とも取れない発言にフォルテは顔を赤く染めてたじろぐ。
「そ、そんな、冗談はやめて下さい」
「あら、年上はお嫌いですか?」
「そ、そうでは、ありませんが。その、心の準備が、」
フォルテは小声でごにょごにょと口ごもる。そんな様子を見てモニカは可笑しそうに笑った。
「冗談ですよ、フォルテ様」
モニカの言葉に、フォルテは残念さを滲ませながら口を尖らせる。
「でも、500年経ってまだ同じ気持ちでしたらその時は、」
「魔王よ観念しろ!勇者ホルトが引導を渡しに来たぞ!」
モニカの後半の言葉は、勢いよく開け放たれた扉の音と勇者の声によってかき消された。
そして、否応なしに勇者との強制イベントが開始されたのだった。
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