最弱魔王 フォルテ
人と魔物が共に暮らす世界、惑星ハモニア。古来から人々は、力のある魔物に怯え対抗する手段として勇者を生み出していた。
各国の勇者はそれぞれの使命の下、魔物を倒しながら魔王討伐に向けて旅を続ける。
一方魔王は、来るべき勇者との決戦に常に備えていた。
現魔王、フォルテ13世は魔王としては若く162歳である。彼の率いる魔族は殆どが彼より年上であった。元来魔王は力で魔族をまとめ、人の治める国に向けても強気な姿勢を示していた、しかし現魔王のフォルテは魔族の中でも特に力が弱く、並みの人間にも負けてしまう程の力しか持っていなかった。
そんなフォルテが魔王として即位できたのは、多くの魔族が人との共存を望むようになったことと、魔王には力よりも政治の手腕が問われ初めていたからである。若いながらも国を統治する力が強いフォルテは今の世の中に適した存在であった。
「フォルテ様。おはようございます!」
魔王城の廊下、気持ちのいい朝日が窓から差し込み清々しい朝を演出していた。晴れやかな気分で廊下を歩く魔王フォルテに対して元気のよい挨拶がかけられる。
「おはようございます、ボンゴさん。傷の具合はいかがですか?」
フォルテは大男に向かって挨拶を返す。相手は魔王軍四天王であるボンゴ。彼は巨人とトロールのハーフであり並外れた力とトロール特有の回復力を持っていた。
「へへへ、心配には及びません。オイラ身体だけは丈夫なんです、あんな傷一晩寝れば元通りですよ」
ボンゴはそう言って傷があったであろうお腹を勢いよく叩いた。話では、昨日来た勇者に腹を突き刺された様だがその傷は見当たらなかった。どうやら聞いた報告が大げさだったのだろうとフォルテは解釈した。
「それでも無理はいけませんよ。ちゃんと休んで一応病院にも行って下さいね。それと、ちゃんと労災保険給付請求の手続きも忘れずに」
「ありがとうございます、フォルテ様」
フォルテはボンゴを気遣い声をかける。元気に去るボンゴを見送ったフォルテは、そのまま昨日勇者を招き入れた大きな扉の前まで来た。
自分の背丈の倍以上はある扉を物思いに見上げ、視線を下へと向ける。そこには赤い字で土足厳禁と書かれていた。
「こんな見上げるような扉じゃあ、誰も足元なんて見ないよね」
フォルテは注意書きの設置個所に頭を悩ませながら、扉を通り過ぎる。勇者を招き入れる大きな扉の隣には、注意を向けないと気付かないよな小さな扉がひっそりと据えられていた。フォルテはその扉に手をかけ中へと入っていく。
「おはようございます。魔王様、今日もいい天気ですね」
扉を開けた先にはソファがあり、その奥には大きなデスクが置かれていた。その上には大量の書類が山積みにされている。フォルテは自分のデスクのあり様にため息をつきながら朝の挨拶を返す。
「おはようございます。シンバさん。今日もすでに片付けないといけない書類がこんなにあるんですか・・・」
フォルテは部屋の奥に潜む人物に対して挨拶を返す、書類の影からは犬の獣人であるコボルトの少年が顔を出した。栗色の毛並みは綺麗に整えられており、大きな目に大きな耳、ふわふわの尻尾がトレードマークであった。今はビシッとスーツに身を包み、眼鏡をして業務に勤しんでいた。
シンバと呼ばれたコボルトは、小型犬特有の愛くるしい目を眼鏡の奥からフォルテに向け、尻尾を立てながら近づいてきた。
「えぇ、昨日思わぬ勇者の邪魔が入りましたので。仕事は溜まりに溜まっておりますよ。それに勝手に小麦の輸出まで許可して、そっちの手配も大変だったんですから」
「だって仕方なかったんですよ!?昨日の勇者、話は通じないし、好戦的だし、味方は誰もいないしで他に方法はなかったんですから!シンバさんだって勇者が来たとなったら急に何処かに消えちゃうし」
「私は戦闘要員ではありませんからね、でも魔王様の無事は信じておりましたよ」
「でしたら、シンバさんの机の上にある関係各所への訃報通知は誰のなんですか?」
「あぁ、これは従妹の叔母の子どものですよ。我々一族は大家族ですから」
慌てて机の上の書類を握りつぶすシンバにフォルテはげんなりとした表情を向ける。
シンバはフォルテの専属秘書として身の回りの世話をしてくれている。器用で博識であるが、先日のように勇者が来たときはいの一番に逃げ出すほど臆病であった。
「誰かがすぐに助けに来てくれれば、勇者に対してあそこまで譲歩することなかったのになぁ」
「それはお寝坊で遅刻ばかりしている彼女に言ってあげて下さい」
フォルテは恨めしい目線をシンバに向ける。当の本人は何食わぬ顔で、責任をここにはいない誰かに向け仕事を続けている。シンバは、事務仕事に対しての能力は高いが戦いに関してはフォルテ以上に戦力にならず、フォルテもそのことは十分に理解していた。
望まずともやってくる勇者、フォルテも毎回逃げ出したい気持ちでいっぱいだったが、そこは魔王として勇者と対峙するのが宿命でり、無責任に逃げ出すわけにはいかなかった。
この仕事部屋は隣の大広間と繋がる通路があり、その広間の台座の後ろへと道は繋がっていた。フォルテは毎回その通路を陰鬱な気持ちで通り抜け、勇者を待ち構えるために玉座に腰を下ろすのであった。
「あんな大層な部屋なんて潰してしまえばいいのに」
フォルテは隣にある、仰々しいだけで隙間風の激しい機能性のまったくない部屋を思い出して小声で話す。
学生時代苦しめられた体育館にように、夏は蒸し暑く、冬は寒い、無駄に広いので空調施設も意味をなさない大広間であった。
「何言ってるんですかフォルテ様!!」
フォルテが小声で呟いた独り言であったがシンバはその大きな耳で音を洩らさずキャッチし、すぐさま反応してくる。
彼の大きな耳はどんな小さな物音も聞き逃さなかった。
「いいですか!?隣の大広間は代々魔王様が常にその身を預け、その威厳と風格を持って勇者を迎える厳格な間。それを必要ないなんてもってのほかです!!」
妙に格式にこだわるシンバが語気を強めて言う。
「何もあそこまで無駄に広く豪華にしなくてもという意味で、ほら、毎回修繕費も馬鹿にならないですし」
フォルテは取り繕ってシンバに告げる。毎回踏み荒らされるカーペットのクリーニング代、勇者の無駄に広範囲を巻き込む技で呆気なく壊される調度品の補修費、それこそ前回フォルテが交わした小麦の提供費など比較にならないのではと考えいた。
「腐っても弱っても魔王なんですから、せめて力がない分威厳くらいは一級品にしないと勇者に舐められますよ?もし、魔王様が大したことないなー、なんて知れたらそれこそ各国の勇者が列を成して雪崩れ込んできますが、それでも宜しいのですか?」
フォルテは化け物みたいな強さの勇者が詰め寄ってくる光景を思い浮かべて身震いする。
未だに勇者の来城ペースが緩いのは、魔王軍の各地での頑張りもあるが、今まで培ってきた魔王の絶対的強者のイメージ戦略も大きい。
シンバの言うことにも一理あると納得し、フォルテは言葉を飲み込んだ。
「それと、大広間の調度品は全て美術的価値のないレプリカですので、どれだけ壊しても費用は微々たるものです」
シンバが誇らしげに言う。
「そんなので勇者が騙せるんですか?」
「それで少しでも凄んでくれたら儲けものですよ」
シンバは楽し気に話す、実際のところは見てくれだけで怯えてくれる勇者はここまで来れないのではとフォルテは考えていた。
「さぁ、おしゃべりは終わりです。仕事してくださいフォルテ様!」
シンバの一言でフォルテは気持ちを切り替えてデスクに積まれた書類を片付け始める。
その後は、しばらくはデスクに座り一向に減らない書類と格闘していた。
そして、やっとデスクの上が片付く頃にはとっくに昼を過ぎていた。
「ふぅ、疲れた」
片付いたデスクの上に倒れ込むフォルテ。
「お疲れ様でした」
そんなフォルテにシンバがお茶を差し出す。フォルテはシンバにお礼を言ってからグラスを受け取り、口をつけてお茶を飲んだ。
ちょうどその時、入り口のドアがノックもなく開けられた。
「ふぁー、おはよー」
ドアから現れたのは細身の女性であった。身長はシンバの倍はあり、フォルテよりも少し背が高い、見た目はまだ幼さが残る顔立ちをしている。黒髪、黒目、腰まである長い髪は一つに束ねられている。
女性は眠そうな目を擦りながら室内に入ると、ダルそうに挨拶をしながら部屋の中央に置かれたソファに腰掛ける。メイド服に身を筒人でいるが服装の乱れと態度からは格好通りのメイドには見えなかった。
「あっ、休憩中?ちょうど良かった。シンバくーん、私にもコーヒーちょうだーい」
「おはようって、モニカさん。もうお昼過ぎですよ?毎日、毎日いつまで寝る気ですか?」
モニカと呼ばれたメイド服の女性はシンバの言葉に反応することなくだらしなくソファにもたれかる。どうやら彼の言葉は少しも彼女には届いていなさそうだ。
「まったく、少しは自覚してくださいよ!一人態度が乱れると、それが全体に影響を及ぼすことだってあるんですよ」
「まぁまぁシンバさん、一般業務に関してはモニカの力は借りなくても大丈夫なんですから」
腹を立てるシンバにフォルテは宥めるように声をかける。
「フォルテ様が甘やかすからモニカさんが調子に乗るんですよ!昨日もそれで勇者の襲撃に間に合わず危うく殺されるところだったじゃないですか!?さっきのその件について悪態ついてたのに、なんて変わりようですか!?」
シンバのごもっともな意見にフォルテは乾いた笑いを返す。
目の前でダラけきっているモニカの仕事は魔王の護衛であった。何代も前から魔王に仕え、モニカの実年齢を知るもの誰もいない。見た目はフォルテより少し年上に見えるが実際には数千年は生きてる魔人であった。
その力は魔王軍の中でもトップクラスだが、戦闘以外のことはまるっきりダメで普段は役に立てることはなかった。
「はいはい、次から気をつけるから、早くコーヒー」
モニカは、反省の色すら見えない軽快な口調でシンバにコーヒーをねだる。
「本人もあぁ言ってますから、シンバさんもそうムキにならずに」
フォルテはシンバに声をかけたがそこにはシンバの姿はなく、忽然と消えていた。
「あれ?シンバさん?」
フォルテは狭い部屋を見渡してシンバを探すが何処にもいない。フォルテの胸中に嫌な予感が漂いだすと、不意に城内アナウンスが流れた。
『緊急放送、緊急放送!勇者の襲来です!客員は直ちに所定の持ち場についてください!!』
招いてもいない勇者の来城にフォルテは胃の痛みを感じていた。
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