第21話

『連絡が遅くなり申し訳ありません。先日話していた件について直接お会いして話したいと考えています。今月末公休です。その日に会うことはできますか?』

『月末の夜であれば時間は取れます。久米さん、俺も君に話したいことがある。銀座駅で待ち合わせしよう』


輝はスマートフォンを持ちながらリビングへ行き、莉花が結衣を寝かしつけている時に久米の事を話すとわかったと返答をした。二週間後、外勤から戻ってきた彼はミーティングに参加し、退勤時間が過ぎた頃に会社を出て銀座へと向かっていった。銀座駅の連絡通路を抜けて地上へ出て数メートル先の商業施設の前に、久米がいるのを見つけて近寄った。


「ごめん、待った?」

「いいえ。今日はどこに行きますか?」

「連れていきたい所がある。一緒について来て」

「ええ?どこ?」

「行けばわかるよ」


六丁目の交差点から横断歩道で渡り、その裏手に入ったところにあるあるビルの一角に来て、エレベーターへと上階へ行き、更に照明のついていない階段を上っていくと、ある貸店舗の内観へやってきた。


「あの、ここは?」

「次にオープンする予定の店舗の場所だ」

「どうしてここに来たんですか?」

「一番先に、君に来てもらいところだった。あと一ヶ月でここもどんどん綺麗になってくるからね」

「できたら、他のお店か私の家に来て欲しかったな」

「それでもよかったけど、今日はここに二人きりでいたいと思って来たんだ」

「だから、どうしてですか?」


「……」

「登坂さん?」

「妻に、話したんだ」

「もしかして、私達の事?」

「ああ。社員が彼女に連絡をしたみたいで……そしたら剣幕になって叱られたよ」

「そうだったんですね……」

「何か、随分冷静だね?」


「あっという間にバレるのって楽しくないですよね。もっとのに……」


「遊ぶ?遊ぶってまさか、弄んでいたってことか?」


すると、久米は笑いだして何かを企むような素振りをしてきた。


「私がずっと本気で登坂さんを好きでいると思っていましたか?」

「どういうことだ?」

「あーあ。こんなに中途半端に終わってしまうなんて、あなたって本当につまらない人ですよね」

「つまらない?久米さんは、今までどんな風な気持ちで俺と一緒に居たの?」

「本気にされている方が困って仕方がなかったんですよ。答えることも真面目な事ばかりで楽しくなくてどうしようか考えていた時に、そうだ、本社の人たちにバラして踏み潰せばいいんだってって思ったんです」


「まさか……写真を送り付けたの……君が探偵に頼んだのか?」

「ええ。どうにかして別れたいから何か方法でもないかって考えていたら、友人が紹介してくれてそこの事務所の人に言ったんです。浮気していることに気味が悪くなったから登坂さんを破滅させたいって」

「そこまでしなくてもよかったじゃない。ただ単純に飽きたから捨てたいって、会うのをやめたいって言ってもよかったのに……」


「そっちがあまりにも本気で身体を求めてくるから、誰かに相談したくても言えなかったんですよ?!会えばずっと身体を見続けて……今もそう……その厭らしい目で私を見ている……」

「嫌なら嫌だと正直に言ってくれ。取り返しのつかないことになったんたぞ?」

「私はどうにでもなっていいです。あなたの事なんか今後の事は知らないわ」

「君は、自分の将来がどうなってもいいのか?」

「何ですか?また説教じみたこと?もうやめてくださいよ。本当に面倒くさい。……ああ!面倒くさい!」


「俺も……自分がクソ真面目で面倒なところがある人間だとはわかっているよ。でも、そういう風に心無いことを言われると心外だ」

「……もう帰っていいですか?待っている人がいるんです」

「待っている人?」

「ええ。本命の彼氏です」

「いつから?」

「去年の暮近く。店舗の人から紹介してくれた同い年の男です」

「そうか。それならもっと早くから言って欲しかったな」

「私はしばらく遊んでいたかったんで、そのうちにバッサリ切ってやろうと考えていたんです」


「それでも……未だに君を好きでいる……愛したいとも思っていたよ」

「愛する?あはは……馬鹿みたい。私が妻子の居る人を本気で両立して付き合えるとも思っていたんですか?そんなことしたって結局は別れることが分かっているのに本気だったんですか?異常だよそれ……」


輝は久米の腕を掴んで顔を近づけようとしたが、そうすると彼女は彼の頬に数回平手打ちをして嘲笑いをしてきた。


「気色悪いって言ってるじゃん!もう消えてよ。そうだここのビルから飛び降りてよ。そうしたら今回の事全部許してあげる」

「……」

「何よ?……なんか言いなさいよっ!」


太くて錆びた脆い釘が身体中に突き刺さる彼女の態度に、輝はふと含み笑いをして俯いた状態で身体をふらつかせながら、ガラス張りのドアにカギを開錠してその屋上の外に出た。


「ちょっと……マジ?冗談だよ、待って!待ちなさいってば!」


その声は届いていなかった。彼は少し歩いところにあるフェンスのへりの部分に辿り着き、振り向いては彼女の顔を見つめていた。

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