第19話

それから一ヶ月が経ち、結衣が次第につかまり立ちができてくるころ、本社では春先にオープンする予定の店舗の立地として銀座が候補に選ばれた。その視察に輝は数名の社員とその場所に訪れて内観の様子を見に来ていた。会社に戻ると輝の顔を見ては周りにいる社員たちが小声で何かを話している様子が視界に入ってきた。


「それ本当なの?」

「知らないよ。本当だったら……ヤバい来たよ。みんな席に戻って……」


彼が席に着き資料の整理をしている時に部長が呼び出しをして一つ上の階にある会議室まで来てくれといい、ついていくことにした。


「これ、昨日販売部宛てに届いた封書なんだが、中を開けてみると登坂さんと本店の久米さんが一緒に街で歩いているものや、店舗で会話をしている時の二人の写真が入っていたんだ」

「送り主は誰でしたか?」

「探偵事務所だ。もう一つ手紙が入っていて読んでみたら、君の奥さんの莉花が依頼したものだと書いてあった」

「妻が……ですか?」


「それより、久米さんと関係を持っているというのは本当なのか?」

「それは……違います」

「じゃあなぜ探偵の人間を使ってまで偵察されているんだ?本当の事話してほしいんだ」

「久米さんは部下として親しくしているだけです。それに、この街で写っているのはたまたま会って話をしていたことがあったんです。なので関係を持つというのは……」


「登坂さん。この間有馬から聞いたんだが、莉花さんに大阪出張しに行くと嘘を言って午後から休暇届を出しただろう?あれはどこに行っていたんだ?」

「それは……」

「昌山の事もあって気がかりになっているのかもしれんが、頼むから事実を言ってくれないか?」


輝は俯いて震える手を押さえながら窓の外を見て口を開いた。


「すみません。久米さんとは昨年から関係を持つようになりました」

「何が発端だった?」

「札幌のイベントでした。その後上京してきてから何度か会うようになっていったんです」

「好きになったきっかけも仕事の付き合いがあったからか?」

「はい。僕から告白をして、彼女がそれに答えて……周りに黙秘しながら二人で頻繁に会うようになっていきました」


部長は両腕を組んで彼を見つめてきた。


「その事は莉花さんは知っているのか?」

「はい。先月話をして喧嘩して……少しは落ち着いたのですがまだ許してはいただけません」

「それはそうだろう。若い子に手を出しただなんて知って気が気じゃないだろう」

「社内には誰かかしら知られているみたいですね」

「知っていたのか?」

「さっき戻ってきてから後輩が話をしているのを見かけました」

「とりあえずデスクに戻って通常どおり業務にあたってください。課長とも話はしておくので、また呼び出すこともあると思うが、できるだけ登坂さんに支障がないようにうまく話をつけておくよ」

「わかりました。よろしくお願いします……」


その頃部署では彼の後輩たちが噂話に食いつくように話をしていた。


「久米さん、かなりやり手の人間だっていう話らしいよ」

「なんかさ、札幌にいる時、結構男遍歴もあったみたいで、色んな人と付き合っていたっていうよ」

「地元のヤクザとも付き合っていたっていう噂まであるってさ。怖えーよな。どんだけ手玉に取りたがりなんだよ?」

「あ、登坂さん戻ってきた。今度にしよう。戻って戻って……」


「……どうかしたの?」

「さきほどの銀座の店舗の件で話をしていました。あと二ヶ月後のオープンに向けて商品開発部からの試作の資料もたくさん来ているので、登坂さんからも提案ほしいってみんなで話していたんです」

「そうか。本店とも同じものも出すように企画が上がっているけど、やっぱり銀座だけあって周辺施設のところとも競争になるって言っているしな」

「今度、内装工事が終わって什器とか入れるようになったら、私も連れて行ってください。色々案件を出したいんです」

「ああ、いいよ。みんなもの意見も聞きたいから、各自簡潔な企画書を作成してほしい。いいかな?」

「わ、わかりました。じゃあ俺、代々木上原の店舗に行ってくるのでまたあとで報告します」

「ああ。気をつけて行って来いよ」

「いってきます」


「……宮下、随分慌てていたな。何かあった?」

「いえ、何も。どうしたんでしょうかね?」

「あの、登坂さん。さっき部長に呼び出されていましたが、何のお話をされていたんですか?」

「ああ。その銀座の店舗の件で雇用者をどうしようかって話していたんだ」

「だったらここでも良いですよね?」

「有馬くん……!」

「どうした有馬?」

「いえ、何でもないです」

「決算書と確定申告の書類はどうなったの?」

「午前中に手続してきました」

「まだ残っている分が出てきたからその事に優先して、各自業務にあたってください」

「はい」

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