第18話

気が荒く立つ莉花を振り切ると、輝は脱衣所のかごから服を取り出し、汚れた部屋着を脱いで取り換えた後、結衣のところへ行き抱きかかえたが、更に甲高く泣き声を上げて彼を嫌がるように泣いていた。その背後から莉花が来て貸してくれと言ったので彼女に受け渡すと、彼は呆然としてその場にしゃがみこんだ。


その後、台所へ行き、汚れて散らかった床や壁を布巾で拭いて後始末をした。莉花に声をかけたが今日は口を聞きたくないといい、結衣の様子を遠目で見ながら侘しそうな思いのまま浴室へ行き、シャワーで身体を洗った後布団を取り出して書斎へ入り、その夜はそこで一人で過ごすことにした。


翌朝、リビングへ行くと莉花は無表情のままおはようと言い、朝食は自分で作ってくれと言ってきたので、冷凍庫に置いてあったワンプレートの惣菜のセットと常備用にストックしていたレトルトの白飯を温めて食事を済ませた。

結衣を抱かせてほしいといったがまだ触らないでくれと返答し、莉花が身支度をするとベビーカーを取り出してきて、散歩に出かけてくると言い外に出ていった。


その間、輝は久米に電話をかけてみたが勤務中だったことを思い出し、メールにピアスを入れたことの理由を綴って送信した。二時間ほどしてから莉花が帰宅し、昼食を摂ろうと告げてみたが、別々に取ろうと返答してきたので、彼は一人で近くの定食屋へ行き再び家に帰ってくると、二人の姿がなかったので電話をかけみると留守番電話に切り替わったのですぐに返事をするようにと伝言を残した。

三十分ほど経過したころ、莉花からメールが来て、近くの公園にいるのだが結衣がなかなか泣きやまないので、来てくれないかと言ってきた。車で向かってみると公園のベンチのところから結衣の泣き声が聞こえてきたので、足早に駆けつけて、彼が抱きかかえると少し声が落ち着いてきたようだったので、車の後部座席に入れると、莉花が謝ってきて今からスーパーへ行ってほしいと言ってきた。


一時間後、家に戻り結衣をベッドに置いた後、買ってきた荷物をかかえて冷蔵庫や棚に食材や日用品を入れて片づけが終わると、輝と莉花が同時にため息を吐き、それを聞いてぎこちない素振そぶりだったが、二人で笑い合った。


「夕飯の後、改めて話をする」

「うん。聞かせて」


夕食を済ませるとテーブル席に着いて莉花が会話を切り出してきた。


「私達、結衣を授かってからようやく安心していたところでいたのに、どうして、久米さんに関係を持とうとしたの?」

「ずっと不安だったんだ。子どもがいつできるか、もしかしたらできないまま二人で一生を過ごしていくのか、俺も一人で抱え込んでいたんだ。そういう時に何か解消ができることがないかって考えていた時、久米さんと会って彼女と話をしていると色々悩んでいたことが吹っ切れたというか……」

「男の人なら、何か新しいことを持てればいいと思って手を出すのは、場合によってはいけないこともあるじゃん。輝はその過ちを彼女に向けてしまっていたんだよ?わかるよね?」

「ああ。ただ彼女にはつまり……一目惚れに近い感情を抱いたんだ」

「一目惚れか。私にはわからない感情だけど、そういう人も中に入るっていうのは知っている。だけど、たった一度だけで満たされなかった理由ってある?」

「正直、育児から手を離したかった。結衣は大好きだよ。けど、自信がなくて仕事の事が真っ先にやるべきだと思ってやっていたけど、また久米さんと会っているうちに、両立した生活環境に置き換えてみようかと考え始めたんだ」


「それはまず無理だよ。私は猛反対。結衣だって成長して私達の事が分かってきたら色々考えたり、聞いてきたりするし知りたいこともたくさん出てくる。そうなった時、もしそれまでも久米さんと関係を持っていたら結衣に何て説明する?」

「その頃まではさすがに……続かずに別れているな……」

「そうだよ、あり得ないことだよ。世間体も考えて行動してほしい。この罪はとても大きな課題になってくるのよ?」


「……そうだよな、この次に本店に行った時時間を設けてもらって別れるように話をする。ただ……」

「何?」

「彼女の寂しさは俺らには関係ないことであっても、俺個人としては気に掛けるところがある」

「どうして?」


「今後のことだ。本店にいれなくなって最終的に辞めることになったら、その後のあの子の事が気になるんだ」


「あのね、あなたは優しすぎるの。どうしてそんな援助みたいに手を差し伸べようとするの?久米さん本人だって将来があるのよ。もう関与することでもないから早急に別れて、本店に顔を出すことがあってもなるべく突き放すように態度を取った方がいい。いつか必ずわかってもらえるから」


「突き放すか……」

「そうだよ。責任、責任感を見せて自然に振舞いながらバッサリ切って別れて。あなたならできるわ」

「もう少し考える時間をくれ。二人きりで会うことをしないで、本社に呼び出して別れを告げたい。そうしてくれないか?」

「そこはあなたの責任だから任せる。良い歳して何もできずにずるずる引きずるようであれば、私が彼女に会って話をする。それでいいでしょう?」

「ああ。伝えることをきちんと考えて告げるよ」


「……結衣、いつかこのことを知ったら悲しむわ」

「黙っていればわからないよ」

「そういう風に甘えているからそのうち結衣にもバレるのよ?お人よしにも限度がある。しっかりしなさいよ!」

「ごめん……なさい」

「なんか、私も二人の子どもの親になった気分だな。今から将来が楽しみね」

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