第8話

その晩、夕食を摂りながら輝は莉花に本店で新人研修の担当にあたった事を伝え、ついでに久米の事も試しに話しかけてみた。


「今回本店に入ってきた人、この間の札幌のイベントで補助してくれた人が社員として雇用されたんだよ」

「そんなことってあるんだ。そういう人ってさ元々何か知っていて入ってきたとか?」

「何かって?何か意図的な事があってきたということ?」

「うん。札幌にずっといた人なんでしょう?そういう人がどうしてわざわざ上京してまでうちの会社に入ってきたのかなって」

「何か疑うの?」


「そういう訳じゃないけど、プティナンの名前って都内にいる人しか知られていないようなものだよ?どういう理由があって調べてきたのかなってさ」

「本人から聞いたんだけど、上京する前にあちこち都内にきて視察しに来ていたみたい。その中でプティナンが自分の性に合ってるんじゃないかって直感的に察したらしいよ」

「直感だけじゃ長く働けるか先行きが不安定にならないかな?」

「まだ入ったばかりだし、とりあえずはやらせておいて、時間をかけて実感してもらえればわかってくるんじゃないか?」


「東京で生きていくなんて生半可じゃいかないからね」

「そう言っているお前だって、本社に入ってから体調崩すようになっただろう?自分を追い込んで根詰めるからだよ」

「もう終わったことは言わないで。ねえ今日アップルパイもらってきたんでしょう?食べようよ」

「ああ、俺はいいよ。試食してきたんだ。莉花食べていいよ」

「じゃあ少しトースターで温めて食べようかな。うーん楽しみぃ」

「女の人ってどうしてそんなに限定品に弱いんだろうな?」

「だってその時にしか食べられないし、今後似たような美味しいものが食べられるかもわからないじゃん。世の中の胃袋たちに納得してもらうためにみんな寄せ集めるんだよ」


「何だよそれ?自己満足のためだけだろう?」

「完全に世の女性の軽蔑を受けるべくことを言った。天罰としてアップルパイはすべて没収いたします」

「自分が喰いたいだけじゃん」

「もう余計なこと言わないで!」


するとその会話に反応したのか、結衣が泣き始めていた。莉花があやすと次第に泣きやんで笑い声を出すようになっていた。


「ああごめんね。ママたちうるさかったでしょう?……この子、私達の話をけっこう聞いているようだね」

「多分そうだと思うよ。お腹のなかにいる時だって蹴ったりして反応してきていたし、産まれてきたらもっと色々知りたくなるころになっているんじゃない?」

「まだ三ヶ月だよ。輝がいない時よく泣くんだ。今日もね、あやしてあげても泣きやまなくて、凄く疲れたんだ」

「先に寝るか?」

「少し横になりたい。それから起きるから一旦寝かせて」

「アップルパイは?」

「輝が温めてくれたら寝ながら食べたい。いいでしょう?」

「わかったよ。今日は一個にしておけよ」


数日が経ち出社すると、部署内の社員たちが何かの話で取り囲みながら浮かない顔つきで会話をしていた。なんとなく重たそうな雰囲気にもなっていたので、輝は彼らに声をかけて訊いてみた。


昌山まさやまさんの奥さん、不倫していたっていう話が社内に広がっているんです」

「昌山はまだ来ていないな。連絡は?」

「さっきありました。電車が遅延しているから、あと三十分かかるみたいです」


不倫という言葉に少しだけ動揺したが、自分には関係ないと突き放そうとしていた。続けて社員たちは声をひそめながらその話題に釘付けるように話をしていった。


「愛佳さん、昌山さんには普段通りにいつもと変わらず接してはいたみたい。でも、ここの部署の営業を担当するようになってから、地方に行くことがあるからっていう理由で、都内に住んでいる大学生の人にマッチングアプリで知り合って頻繁に会っているって」

「しかもその相手、官僚の息子らしいよ。ヤバいのに手をつけたから昌山さんも話を聞いてかなり激怒したみたい」

「そうだよな。とりあえずは愛佳さんと相手は別れたみたい。でも……未だに連絡は取り合っているみたいなんだよ」


「そうなると昌山さん、離婚に持っていこうとするんじゃないか?」

「いやぁその辺までは聞いてない。中学生の息子さんもいるでしょう?来年受験だからそれが落ち着いたら……また燃え上がるんじゃないかって」

「おい、みんな。その辺にして終わらせておけ。昌山さんが出勤したら、普段通りに仕事していけよ」


「ああ部長。昌山さんの例の件、ますます社内にいられなくなりますよね。どう対処するんですか?」

「本人から後で別室で相談する。みんなは朝礼が終わったら、各自任務に取り掛かってください。登坂さん、ちょっと伺いたいことがあるから、会議室に来てくれ」

「ああ、はい」


輝が部長の後について会議室に入っていくと、彼からある話を聞かされた。


「ええ?昌山さんも不倫している?!」


「おい、声がデカい。……昨日の役職者会議の後に昌山さんから相談があるって言われて話を聞いたんだ。奥さんの事でやきもきして、自分もどうにかならないかと考えて悩んでいる時に、あそこの開発部にいる女性の社員と親しくなって、彼もまた不貞行為に走ったようだ」

「そこまで来ると、社外にも広まりそうですね。都内の店舗には噂が広まっています?」

「そこまではいってないらしい。ただ他の営業担当者が口を開いたら、肩身が狭くなってしまう。登坂さん、次の地方営業なんだが、昌山さんの代わりに行ってほしいんだ」

「たしか名古屋駅のコンコース内のブースでの販売ですよね。店舗からは誰が行くのかは決まっているんですか?」

「本店の日本橋の周辺施設にクリスマスマーケットが展示する分、本店以外の店舗の社員を連れていった方がいいかと考えているんだ」


「……それなら本店の久米さんはいかがでしょうか?」

「久米さんはまだうちに来て日が浅いだろう?しかも本店から人が抜けたら、マーケット期間中に穴が開く」

「久米さんが行っている間に他の店舗の社員かパートさんを替わりに出てもらいましょう。そうすれば調整が効きます」

「そうか。そうしたら登坂さんから彼女に伝えるようにしてもらってもいいかな?」

「はい、相談してみます」

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