第22話 最悪の気づき

「あいつ、ロリネルの王太子に復讐するつもりなんだ。そこまで危なっかしい奴なら……」

「待て待て。お前が今一人で城に乗り込んだら、サーファス領とロリネルの分の悪い戦争になるだけだぞ?」


 サイリスに腕を掴まれ、ヤーフェは一旦乱暴に振り解いた。

 確かに、彼の言っていることは正しい。

 サーファス領の代表として神都に来ている以上、ヤーフェ個人の問題ではないのだ。

 でも……。

 だけど……。


「俺が悪いんだ」


(あの時……俺が、何らかの異変に気づいていれば……)


 神学校の卒業間近、叛乱の準備が着々と行われていて……。

 あの頃、ヤーフェは王族付きの神官補佐となっていて、卒業を機に、正式に国王付きの神官を拝命する予定だった。

 大神殿で王の接待をするのが主な仕事で、彼らが一番、無防備な場面に立ち会うことができる。

 王を弑逆して、突破口を開く。

 当時は、その計画に専念するだけで、ヤーフェには余裕がなかった。

 ミソラのことはずっと見守っていたけれど、その友人のことまでは……。


(きっと幼馴染の異変に、ミソラは神都に引き返してきたんだ)


 そして、復讐のため、偽りの神託者となることを決めた。

 何だかんだ自虐的な物言いをするけれど。

 でも……。

 神学校時代、寮母の暴力を笑って一人で引き受けるような、優しい奴じゃないか。 

 ヤーフェの擦り傷なんかを、涙目になりながら心配していた。


(ロリネルの王太子に会うなんて)


 なぜ、相談しないのか?

 たった一言。

 助けて欲しいと手を伸ばしてくれたら、ヤーフェはいつだって握り返す準備は出来ているのに……。

 

(神都を、破壊した張本人の手は借りたくないのか?)


 邪魔だからという理由で、裏から手を回して他人と結婚させようとしたヤーフェのことなんて、信用できるはずがないから?


 ……そうかもしれない。

 

(けれど)


 ミソラは、ヤーフェに言いたくても言えないことがあるのではないか?

 秘密を抱えているのは、お互い様だ。

 自惚れていると言われたらそれまでだけど……。

 ヤーフェが、暴かなければならない「何か」を彼女が抱えているとしたら?

 

「サイリス。今の俺には何も出来ないかもしれないけど、でも王城の辺りを見回るくらいなら出来るだろう。お前は国境沿いでばらばらに展開している軍と合流してくれ。こうなったら、あんな城……。一気に攻め落としてやる」

「いやいや。そんなこと俺が勝手に出来るはずないだろう。大体、そのミソラって子も、時間をかけて復讐を企んだのなら、何か策があるはずだ。お前が心配するまでもなく、切り抜けているだろうよ」

「……無理……だ」


 ヤーフェは弱々しく頭を振った。


「あいつ……。相打ち覚悟とか、訳の分からないこと考えてそうで危険なんだよ。昔から、自分のことが見えていないんだ」

「分かった! けど、先走るな。ちゃんと密偵は放っている。彼らがいざとなったらどうにか動いてくれるよう、お前が諸々整えたんだろう? シズルという巫女から裏通路の場所だって聞いているんだ。いざとなったら、乗り込めば良い。でも、それは今じゃない。分かっているはずだ」


 暗に、サイリスは国の中枢まで密偵が入りこめるほど、アーティマは衰弱しているのだから、どうとでもなるのだと、励ましているようだった。


「……しかし」


 どうしても、嫌な予感がして……。

 胸騒ぎがするのだ。


(俺のことを待っていたと、ミソラは話していた)


 だけど、ミソラは悲壮感を漂わせていた。

 ヤーフェと再会したことを、喜んでいるわけでもなく、怒っているわけでもなく……。

 ただ静かに、受け入れているような……。


(早い段階で、俺が生きていることが分かっていたと話していた)


 何処から聞いたのだろう?

 痕跡は、消していたはずなのに……。

 大神殿なんかで大々的に、アーティマが滅ぶと預言をした。

 あれは、本当に偽りの預言だったのか?


(待て……よ)


 ロリネルの王太子に会いたいのなら、他にやりようだってあっただろう。

 もっと早く奴に会う方法だってあったはずなのに……。

 

(どうして今?)


 まるで、自ら殺して下さいと言わんばかりに……。


(おかしくないか?)


 ヤーフェと再会したことで、彼女の何かを刺激してしまったのか?

 近いうち、再び、ヤーフェ側が王城に攻め込もうと計画を立てていることを、彼女は見抜いていた?


 ――もしも。


 彼女が本当の「神託者」なのだとしたら?


 ミソラ自身の思いだけではなく、神の意思で動いているのだとしたら?


 …………そうしたら、不可解な行動、言動の数々もすべて理に適ってくる。


「おい、どうしたんだ? クラート!?」


 サイリスの声が遠くに聞こえる。


(……嘘……だろ。ミソラが本当の神託者だとしたら、俺は?) 


 恐ろしいことを想像したのと同時に、放っていた密偵が息を切らせながら、個室になだれ込んできた。


「ク、クラート様。王城でとんでもないことが起こりました!」


 その報告は、ヤーフェの推測を裏付け、更に恐怖を抱かせるものだった。

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