第20話 逆襲

「復讐? 神託者殿は未来志向で私に会いたいんだって聞いていたんだけど。私と会うことが出来たら、例の預言を再考するとか? 別に私はどちらでも良かったのだけどね」

「ええ、言いましたよ。ただフリューエルのお言葉は私の一存ではどうにもならないのです。絶対とは言い切れませんね」

「もう、黙りなさい!」


 マーヤ先生が顔を真っ赤にして怒鳴りつけつけてきた。


「貴方の希望をせっかく叶えてあげたのに、その態度って何なの?」

「あははっ。怒っているね。神託者殿の側近殿は手厳しい人のようだ」


 アイデルにとっては完全に他人事なのだろう。腹を抱えて笑っている。

 とっくに彼らの間では、共有されているのだ。

 私は偽物の「神託者」であるのだと……。


「神託者を入れ替えるというのなら、アーティマ人ではなく、ロリネル人にはならないのかな?」

「王太子殿下。さすがにそれは」

 

(おかしいな……)


 マーヤ先生が変だった。

 激昂しているのに、いざとなると及び腰になる。

 だったら、私が代わりにアイデルの軽口に乗ってあげたら良いのだ。


「ええ。私もそれが宜しいと思いますよ。殿下。ロリネル人は優秀だと聞いておりますから」

「ほう。一体どうしたのかな。神託者殿?」


 私は首を傾げているアイデルに、皮肉たっぷりに告げた。

  

「殿下も噂とは違って、大変聡明な方で私、感動しました」

「ん? 媚びているの?」

「本音です。御年二十四……でしたっけ。王太子の立場でありながら、いまだに妻子もおらず、政の場にも姿を現さない。淫蕩に耽って政治を顧みないと聞いていたので、この場に引きずり出すのに大変骨が折れました。やり手のお父上も、貴方様に対しては唯一手を焼いているとか?」

「ああ、何だ。私を愚弄しているのか?」

「毒を盛られるだろうことは、想定内ですよ。殿下」


 私は温くなったカップを手に取ると、壁に向かって叩きつけた。


「いい加減になさいっ! ミソラ!」


 マーヤ先生の叫声と共に、大勢の衛兵が押し寄せた。

 座ったままの私に、刃が一斉に向けられる。

 先生は少しだけ狼狽えていたようだけど、どうせ、最初からこうなる予定だったのだ。


(本当は、私が毒入りの茶を飲んでくれるのを望んでいたんだろうけど……)


 大々的に私を殺すと、後始末が面倒だから……。

 神託者が殺されたなんて噂が流れてしまったら、それこそ印象が悪くなる。


(でも……形振り構っていられなくなったのか)


「残念ですね。もう少しメイヤちゃんについて、聞きたかったのに。どうやったら、あんなにしっかりした女の子を死に追いやることが出来たのか……とか」


 私は瞬き一つしないで、冷淡に吐き捨ててから、立ち上がった。


「ミソラ!」

「マーヤ先生も保護者面をやめたらどうですか? 貴方は自分の操り人形になってくれる「神託者」が欲しいだけでしょう。そんなに成り上がりたいのですか? 貴方は叛乱が起こる前から、ヤーフェ君がサーファス領主の息子だって知っていたんでしょう。でも、その方が貴方にとって都合が良かった。先の王が殺されて、ルカム様に王位が流れた方が貴方にとっては……」

「貴方の妄想よ。私は何も知らない。サーファス領のクラートとヤーフェが同一人物だったなんて。彼が貴方に会いに来るまで……何も」

「本当ですか? 嘘も大概に……」

「あーもう! 二人して煩いな。側近殿。私だって時間がないんだ。この偽物の口を封じてしまわないと」


 さあ……と、アイデルが顎で命じて、兵士たちの剣の切っ先が私目がけて振り下ろされた。


「最低だな」


 ぽつり、私は呟いた。

 丸腰の小娘に多勢で襲いかかる。

 もしも、私が普通の人間だったら、今この瞬間に命を絶たれているはずだ。

 

(いや……)


 もしかしたら、瀕死の重傷を負わされた挙句、アイデルに玩具のように弄ばれていたかもしない。


(メイヤちゃんと、同じように……) 


 ……酷い男だ。

 メイヤの名前すら出さなかった。

 きっと覚えてすらいないのだ。


(だったら、ぜひ思い出して頂かないと)


 私は右手を宙に掲げ、そのまま真横に振った。

 たったそれだけの所作。

 それだけで、兵士たちの剣に炎が伝わり、彼らは火だるまになってのた打ち回った。


「何? まさか」


 アイデルが目を丸くしている。


「……ライラ


 マーヤ先生は瞠目したまま、腰を抜かしていた。

 彼らにとって、有り得ない現象を目にしているはずだ。

 何しろ、神を崇拝する国にあって、神の存在自体を蔑ろにしていたのだから……。

  

「ごめんね。これでも手加減したんだ。早く手当てをすれば助かると思う」

「嘘……よ。どうして、ミソラさんが?」

「どういうこと……なんだ?」

 

 呆然としている二人を無視して、私は負傷中の兵士たちに呼びかけた。 


「早く逃げて。道連れにしてしまうよ」


 神託者は「神の代理人」。

 地位としては、王なんかより遥かに上だ。 

 命じる形になれば、一目散に兵士たちも逃げて行く。

 広い部屋にマーヤ先生とアイデル、私の三人になったところで、マーヤ先生とアイデルは、私を置き去りにして、口論を始めてしまった。

 

「ち、違うでしょ!? だって、ミソラさんは神託者じゃなくて、私が見つけた……」

「しかし、ライラの能力。この小娘が本物の神託者だということでは?」

「違います。これは何かの間違いです。彼女のはずがありません。絶対に! だったら、ミソラさん、何で今まで私に黙っていたというの!?」


 独り言?

 それとも、私に尋ねているのか……。


「そんなことも分かりませんか? 当然、貴方が信用できないから……に決まってますよね」


 威嚇のつもりで、私がぼうっと掌から炎を燃やして見せると、アイデルがうっとりと頬を紅潮させていた。


「……美しい」


 やはり、危険人物のようだ。


「じゃあ、あの預言は本当の?」

「ええ。あの預言は私の意思ではないのです。全能の神、フリューエルの思し召しなんですよ。マーヤ先生」


 『……アーティマ王家は早晩、滅びる』

 

 頭の中で、大きな声が反響している。

 三年前から、そうだった。


 …………私が私でなくなる感覚。


 かつて、メイヤが気にしていた神託者の末路。

 今の私なら彼らの一生が悲惨になってしまう理由を、正確に答えることができるはずだ。

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