第19話 ロリネルの王太子
◆◆
――アーティマを悪くすることなど考えていない。
私の言葉を上辺だけでも信じたのか、マーヤ先生とルカム王はロリネル王に働きかけて、王太子と私を引き合わせることを決めた。
彼らとしても、苦肉の策だったに違いない。
私が暴走したせいで、各国の王侯貴族を集めて大々的に行われた式典は、大失敗に終わってしまったのだから……。
大神殿に閉じこもっている私には、下界が今どのような混乱に見舞われているのか、知る術もなかったけど、外に出た神職者達からは、神都が大揺れになっているとことを耳にはしていた。
(これで良かったんだよね?)
神官や巫女も混乱の最中、次々と姿を消していった。
最初戸惑っていた彼らが決意したのは、私のもとを去ったシズルの影響も強いようだった。私を信用出来ない者も多いのだろう。
(何にしても、私の目的は達成されそうだよ。メイヤちゃん)
私が滅びの預言をしてから、三十日以上の月日を経て、ロリネルの王太子がアーティマにやって来た。
大国の王太子を地下の個室に連れて来ることは出来ないということで、私は王城に出向くことになったのだが……。
(むしろ、その方が有難い)
地下から出て行ったら、すぐさま殺されるのではないかと警戒したが、そういったことはなく、私は身支度を整える機会を与えられて、最上階の貴賓室に案内された。
意外にも、王太子は先に部屋にいて、私のことを待っていてくれたらしい。
「はじめまして。神託者殿」
金髪碧眼、生まれ持っての美貌に自信が上乗せされた、優雅な微笑を湛えた王太子は長椅子に座ったまま、私がやって来るのを、子供のようなあどけない表情のまま見守ってくれた。
第一印象は悪くない。
年齢の割にあどけない美丈夫だ。
もしも、私が先入観を持たずに彼に会っていたら、今ほど不快な感情にはならなかったはずだ。
「はじめまして。ロリネルの王太子、アイデル=ロイ=ロリネル様。すでに、話が伝わっていると思いますが、私は神託者のミソラと申します」
マーヤ先生に習った通り、姿勢を正したまま長い裾を持ち上げて、深々と一礼すると、アイデルは無邪気に喜んでいた。
「いいね。はじめて会うけど、気品を感じた。君は孤児院育ちだと聞いていたけれど、ちゃんと教育を受けているようだ。神託者として申し分ない」
「勿体ないお言葉、ありがとうございます」
(うーん)
神託者が何であるか、アイデルはいまいち分かっていないようだった。
けど、一応、誉められたので、私は額面通りの挨拶と微笑で応えてみせた。
「神託者殿がどうしても会いたいと言っていると、父から聞いてね」
「ええ。私がルカム王、そして貴方様のお父上のロリネル王に無理を申し上げました」
「父から聞いたよ。私は公の場に出るのを好ましく思っていないのだけど、そう言われて、逆に君に興味を持った。どうして、神託者殿は私に会いたいと思ったのかな?」
座って宜しいと、彼の傍らにいたマーヤ先生に合図されたので、私は軽く会釈してアイデルと向かい合わせに腰を落とした。
「殿下のことをずっと想っていたので……」
「へえ」
冷たい微笑を浮かべながら、アイデルが身を乗り出してくる。
「三年と少し前、今は焼失してしまった大神殿の中庭にいらしたのは、殿下だったんですよね?」
「神託者殿は、私を見かけたのかな?」
「あー……。申し訳ない。実は私ではないのです。殿下をお見かけしていたのは」
「ん?」
「聞いたんですよ。殿下のことを」
マーヤ先生とアイデルは顔を見合わせ、二人同時に首を捻った。
「殿下はあの頃、いつも庭園にいて、彼女と人目を忍んで会っていたそうですね」
「彼女?」
「私の幼馴染みです」
「……ああ、うん。知ってるよ。もしかして、あの小柄な女の子のことかな?」
途端に、アイデルは切れ長の瞳を不気味に細めた。
(成程ね。この顔が、メイヤちゃんが命懸けで恋した彼の本性)
彼女が結婚まで夢見ていた相手は「この男」。
状況証拠や、数多の証言から既に導き出されているし、今の受け答えからして、間違いないはずだ。
あとは自白だけ。
出来ることなら、懺悔させたかったけれど。この雰囲気からすると……。
(無理みたいだな)
「君の友人だったなんてね。そうだね。たまに話すことはあったかな」
「彼女、殿下と将来を夢見るくらい、親しくしていたようなんですが……」
「私は昔から女性に一方的に好意を寄せられることが多いからね。誤解されたのかも」
「誤解……。命を懸けるほどの気持ちが誤解だったなんて、彼女は常世の国で泣いてるかもしれませんね」
「ああ、亡くなったとは聞いてるよ。若いのに、可哀想だ」
思ってもないくせに。
まるで、他人事のようだ。
(どうして、メイヤちゃんはこんな男に)
きっと、それだけ、彼女は純粋で真っ白な子だったのだ。
慣れない環境で、疲れ果てていたところに、優しい仮面を被ったこの男が現れた。
いくら勉強が出来ても十四歳の小娘だったメイヤには、アイデルが知的で大人の紳士に映ったに違いない。
もし、私があの頃、彼女から深くアイデルの話を聞いたとしても、きっと背中を押すようなことしか言えなかっただろう。
私はメイヤより遥かに子供だったから……。
「元々、平民の彼女と王族である私とでは釣り合いが取れない。彼女だってそれくらい分かっていたはずだよ」
悪びれることなく、にこにこしながら話す。
この男にとって、メイヤは遊び相手にも至らなかったのだろう。
「で? 神託者殿は、私を尋問するために呼んだのかな?」
「ミソラさん」
ふと横を見遣ると、マーヤ先生がこれみよがしに頭を抱えていた。
「……復讐のつもり? 何で今更?」
「もう……三年ですものね」
メイヤの敵討ち。
そんな綺麗なものではないけれど、長い間、興味があったのは確かだ。
「そう……ですね。ヤーフェ君と再会した時、事が動いた。目的のついでに、復讐しておくのも悪くないと思ったんです。でも、会えるかどうかも怪しくて、マーヤ先生が私の言い分を信じてくれたおかげです。ありがとうございます」
「貴方のことが、さっぱり分からないわ。自滅する気? そこまで愚かだったとは……」
「それこそ今更ですよ。私は昔から、どうしようもない落ちこぼれだったじゃないですか。お忘れですか。先生?」
口角を上げながら、そっとティソーサからカップを取ると、微かに薬品の香りがしたので、私は飲むのをやめた。
(やっぱり、この人、何かメイヤちゃんに盛っていたんじゃないの? ……で、今、私も殺そうとしている?)
だから……だろう。
私が口をつけないのを観察してから、アイデルは不気味な笑声を轟かせたのだった。
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