第17話 掴まれた手を振りほどけなくて……

◆◆


「……何、言ってるんだよ?」


 ヤーフェがひるんでいるうちに、今度こそ立ち去ろうとしたけど、無駄だった。

 出っ張った木の根に苦心していたら、もうそこにヤーフェがいた。

 足の長い人は、これだから嫌いだ。


「本当に死んだのか? アイツ」

「調べたら分かるよ」

「……俺たちが殺したのか?」

「違う」

「じゃあ、なんで?」

「大神殿にメイヤちゃんはいたんだよ。私もあの時、彼女の傍にいた」

「大神殿に火を放った奴がいた。時間稼ぎのつもりだった。アイツは逃げ遅れて、死んだのか?」

「そうじゃない。けど、遠因ではあるかもね。彼女は神殿の上階から落ちた。不幸な偶然が重なった結果だったと思う」 


 乾いた目で、私はあの時のことを思い出す。


 ――彼女の最期の姿を……。


「どうして? お前が大神殿なんかにいたんだ? お前もメイヤだって。あの時、大神殿にいた神官や巫女が避難する時間は十分取っておいたはずだし、お前は嫁ぎ先に向かっていたはずだろ?」

「詳しいね。ヤーフェ君。私をいつも見ていたっていうのは本当みたいだ。……あの時、結婚という形で、厄介者の私を追い払おうとしていた君にとっては、私が神都にいたこと自体、意外だろうね」


 嘲るように言うと、強く腕を掴まれた。


「俺はただ……お前を争いに巻き込みたくなくて。平和で穏やかな暮らしを送ってもらいたかった」

「だから、裏から手を回して、私に縁談を持ちかけた。おかしいと思って、この身の上になってから、先方のことを調べたよ。私が結婚予定だった人のお父上は、サーファス領の領主と旧知の仲だったんだね。しかも、叛乱には中立の立場を取っていて、表向きは参戦していない。そこまで、私のことを想っていてくれたなんて、意外すぎるくらいだ。でもね、ヤーフェ君。それは奢りだよ。特権階級の人がやりがちな「施し」って奴だと思う」

「だけど、お前はあの時、それに乗ろうとしていた?」


 淡々と告げられるその言葉は、鋭い刃のようだった。

 彼が奢っていたのなら、私は何だろう。

 いつまでも、甘ったれているだけではないか。

 ――今だって。

 冷たい態度で突き放しておいて、本当は助けて欲しいと叫んでいるようだ。


「なぜ、引き返したんだ? メイヤのことが気になったからか?」

「さあ、どうだったかな。あまり覚えてないんだ。ねえ、いい加減、離してくれないかな?」


 とうとう苛立ちを隠せなくなって、私は彼の手を振りほどくことに専念した。

 ヤーフェの手の力が強くて、腕に痕が残ってしまいそうだ。

 何とか振り解いて、一瞬振り返ったら、捨てられた犬のような、切なそうな瞳をしているヤーフェと目が合ってしまった。


「……何で?」


 ヤーフェの方が傷ついているのか?


「それが原因で、お前……マーヤ先生に誑かされて、神託者なんかになったのか? メイヤのことがあって、ロリネルの王太子に?」

「ヤーフェ君には関係のないことだ」


 くしゃみをしたら、ヤーフェは自分の着ていた外套を脱いで、私の肩にかけてきた。


「もういいよ。ヤーフェ君。私に情を掛けたところで何も……」

「うるさい。お前、服が濡れて透けてるんだよ。誰かに見られたら嫌だろ? 素直に被っておけ」

「どうも」


 恥ずかしくなって下を向いて礼を言う。

 拒否できるはずがなかった。

 濡れてはいたけれど、微かにヤーフェの香りがあって、私はくらくらしてしまった。

 こんなはずじゃなかった。


(情けない)


 再会したら、もっと徹底的にヤーフェを無視するつもりでいたのだ。


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