第16話 その程度の想い 【神学校時代】

(……危なかった)


 メイヤが手を引いてくれたら助かったけれど、落下したら死んでいたかもしれない。


「ここ、三階だもんね。ミソラちゃん、落ちたら大変だよ」


 そう言って、大人びた微笑を浮かべるメイヤの幸せそうな顔を、私は呆然と見守るしかなかった。


「でも、メイヤちゃんは大神殿の巫女になるんでしょ? 神託者の確認のために、マーヤ先生に呼ばれたって聞いたよ。あれって優秀な生徒しか呼ばれていないから、将来の大巫女間違いなしだって、みんな……」


 マーヤ先生は相変わらず神託者の確認作業を行っていて、出来の良い生徒を呼んでは、神託者の腕輪に触れさせて、反応を試しているらしい。


(まあ、神託者が見つかったって話は聞かないけどね)

 

 多分、永遠に無理だろう。

 でも、メイヤちゃんも、先生の御眼鏡に適ったのだから、大神殿での将来は保証されているのだ。


「うん、そのつもりだったけど。でも、私……あの方に会って、変わったの」

「あの方って、例の……庭園でよく会うって言っていた人のこと?」

「そう。とても素敵な人なのよ」


 柔和な微笑の奥に、彼女の並々ならぬ覚悟が宿っていた。


(本当、遠い人になっちゃったな……)


 今までずっと勉強一筋だった彼女を変えてしまったのだから、恋愛って凄い魔法だ。


(誰かのために生きる……か)


 私には真似できそうもない。

 ヤーフェのことは好きだけど、すべてを捨てて彼のもとに走れるかと問われたら、私は躊躇するはずだ。

 期待して、裏切られるのなら、自分の中で完結させてしまった方が良い。

 報われないと分かっているから、私は安心して彼が好きだと言い続けることが出来る。


 ――所詮、その程度の想いなのだ。


「ね、だから、ミソラちゃん。卒業したら私のところにおいでよ。私が雇うから。それで、ずっとヤーフェ君を追いかけてれば良いじゃない。きっと、彼もそのうち素直になると思うから」

「本当に? メイヤちゃんが私を雇ってくれるなら、安心だね」

「任せて。給金弾むから」


 冗談が苦手なメイヤちゃんの珍しく太っ腹な発言に、私は大笑いした。

 二人で、久々に笑い合って……。

 寝間着姿で、寮の窓から星空を仰いだ、あの晩……。


 ――だから。

 私は縁談を受け入れることを決めたのだ。


 それが一番だと思った。

 私には彼女の下で働くことなんて無理だ。

 どうしたって甘えが出てくるし、メイヤが身分の高い人と結婚するのなら、尚の事、私のような鈍臭い人間を雇ってはいけない。


(恋愛なんて)


 私には贅沢品だ。

 誰かに愛される自信なんて、欠片も持っていないのだ。


 

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