第15話 縁談 【神学校時代】

◇◆


 冬の厳しい寒さと、春先の柔らかな暖かさが交互に訪れる不安定な気候の頃。

 その頃になると、卒業を控えた生徒は各々進路に向かって歩み始めていて、神学校内で会わないことも増えていた。

 最近、ヤーフェもめっきり授業に顔を出さなくなってしまって、つまらない。

 何でも、王様付きの神官になるらしいが、噂で知ったたけで、本人からは聞いたことはなかった。


(……それで、私はどうする?)


 神学校に通っていた孤児は、そのほとんどが、商家の下働き出たり、学校側から婚姻を勧められたりする。


(そうだよね)


 望む、望まないなんて関係ない。

 流されるくらいしか、私に選択肢なんてないのだ。


(結婚……か)


 どういう訳か、私に縁談話が持ち上がった。

 マーヤ先生に呼び出された時は、卒業できない旨を言い渡されるのだと覚悟していたのだけど、まさか私のような落ちこぼれを娶りたいと望む奇特な人がいるなんて、思ってもいなかった。


(田舎の成金……とか、マーヤ先生は散々なことを言っていたけど、それでも、大地主の三男なんだよね?)


 ――なぜ、私に?

 理由が分からない。

 求めている年代で健康そうだからという、たったそれだけの理由で、私に白羽の矢が立ったらしい。

 もしかしたら、その大地主の息子とやらは、変な性癖の持ち主なのかもしれない。


(生贄? 若い娘の生血を啜る化け物とか?)


 あまりにも唐突な出来過ぎた話で、私はすぐに承諾することができなかった。


「それってさ、ミソラちゃんは、ヤーフェ君に止めてもらいたいんじゃないの?」

「私が?」


 ――夜。

 寮でメイヤちゃんに縁談のことを話したら、彼女は久々にちゃんと反応を返してくれた。

 最近、彼女は益々一人でぼうっとしていることが増えて、私の話に付き合ってくれる機会は少なくなっていた。

 ……けど、恋話の威力は大きいらしい。

 当事者の私が戸惑ってしまうくらい、ノリノリだ。


「……そうかな」


 適当に相槌を打ちながらも、内心強く否定していた。

 私は私の身の程くらい知っているつもりだ。神学校内でも最優秀生徒の彼がまともに私を相手にするはずがない。

 メイヤくらい優秀ならば、別だろうけど……。


「ミソラちゃんは、ヤーフェ君のこと好きじゃない? どうして改って告白しないの?」 

「だって、この期に及んで、こっぴどく振られたら、悲しいじゃない」

「卑屈だな。私ね、ヤーフェ君ってミソラちゃんのこと好きなんだって思うのよ。ミソラちゃんが具合悪くて神学校行けなかった時とか、私にミソラちゃんがいないこと訊いてくるくらいなのよ? それって、脈ありってことなんじゃないの?」


 ……そうだろうか。

 単純に、付き纏いの被害が減って喜んでいるだけなのでは?


「絶対、そうだよ。だからミソラちゃん。自信持って」


 メイヤは大きな赤茶の瞳をきらきらと輝かせて、私の手をがっしりと握った。

 温くて柔らかい、小さな女の子の手。

 私なんて背ばかり伸びてしまって、どこもかしこも骨張っていて、メイヤみたく可愛くないのだ。

 そんな私が大真面目に恋愛を語るなんて、痛いくらいだ。


(ふざけて言うのなら、いくらでも出来るんだけどなら)


「もう少し、お互い大人になったら、素敵な恋人同士になれると思うんだ。だから、ミソラちゃんは、今は絶対に結婚なんてしない方が良いと思うのよ」

「でも、こんな好条件の縁談を蹴ってしまったら、私に未来なんて」

「大丈夫。私、まだ分からないけど、多分……いや、きっと、すごい身分の高い方と結婚できそうなの」

「えっ?」


(いつの間に、そんな?)


 窓枠に腰を掛けていた私は、その言葉の衝撃に後ろにひっくり返りそうになってしまった。

 

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