第14話 彼女のこと
「そういう慣れないこと、君は口にしない方がいい。わざとらしくなるからね」
さっさとヤーフェを見捨てて歩き出したいのに、こんな時に限って、彼は絶対に使わないような台詞を使って、私を引き留める。
私も悪い。
無視すれば良いのに出来ないのだから……。
「私の好きだった人は、三年前に死んだんだよ」
「嘘吐き。……ロリネルの王太子が初恋の人だったんだってな」
「……ああ」
そういうことか。
彼は、その件について私から聞き出したかったから「初恋の人」という単語を使ってきたのだ。
一体、何処から情報が漏れたのか?
やっぱり、マーヤ先生からか、ルカム王の周辺からか……。
それとも?
「本当に、この国は終わっているね。情報が筒抜けだ。私が預言しなくても滅びただろうな」
「ミソラ。そもそも、お前ロリネルの王太子なんかと、面識なんてないだろう?」
「さあ。君が知らないだけで、面識あったのかもしれないよ」
「あの頃、お前が大神殿に行く用事なんて、なかったはずだ」
「まるで、私の行動を逐一監視していたみたいじゃないか」
「……見ていたよ。ずっと」
何を言っているんだか……。
そんなはずないのに。
「私も神託者になってから初めて知ったんだけど。ロリネルとアーティマ王室との繋がりって深いらしいよね。この国が王家の後ろ盾になったせいで、三年前、叛乱軍は勝てなかった。君にとって常に動向を知っておきたい国には間違いないだろうけど?」
「お前の口から、そんな話が出てくるなんてな。それで? お前は俺がサーファス領のために、お前とロリネルの王太子が接近するのを止めたいと考えているとでも?」
「違う?」
「やめろ。そういう話、お前とはしたくない」
「そんなこと言われても……」
では、何を話したら良いのか?
今更、思い出話なんてしたって、意味なんてない。
(やっぱり、割り切れないんだな)
普通に振る舞おうとしても、何処か嫌味っぽくなってしまう。
黙々と前進する私をヤーフェが大股で追いかけてきた。
「ともかく、そのロリネルの王太子、あまり良い評判は聞かない男だ。引っ掻き回すのも大概にして……」
「……良いんだよ。それで」
「どういう意味だ?」
評判が悪いからこそ、情も捨てられるのだ。
「ミソラ。お前、一体何がしたいんだ?」
「別に何も。私がそんなに頭が良くないってことは、君だって知っているでしょう?」
「本当に頭の悪い奴は、自分のことを頭が良くないなんて言わない」
「じゃあ、私は賢いとでも?」
「可愛げがないのは、確かだな」
ハッとしたのは、彼の声が近かったからだ。
結構な速度で歩いているのに、彼はとっくに私まで追いついていたのだ。
(いつの間に……)
まるで、大型動物に捕食されそうな小動物の心境だった。
「自覚はしているよ。私は可愛くない」
「可愛くないとは言っていない。可愛げがないんだ」
「あー……もう。どうだっていいよ。ともかく、これが最後だ。これからアーティマも色々変わるだろうし、君も忙しくなるでしょう。神都が混乱しているうちに、とっととサーファスに戻ったらどう?」
「それがお前の本当の気持ちか?」
「そうだよ」
「むかつくな」
…………なぜ?
「お前、この三年間で一層、性格の屈折が激しくなったみたいだな。俺のせいかもしれないけど」
「ヤーフェ君って、結構、自惚れる方?」
「親友のしっかり者のメイヤちゃんはどうした? 今のお前を見たら、間違いなく……」
「確かに。彼女が生きていたら、私は叱られていたかもしれない」
「何?」
急に彼の声音が低くなったので、私の方が焦ってしまった。
やはり、知らなかったようだ。
そうだろう。私のことはともかく、彼が彼女の消息を知る手立てなんてなかったはずだ。
「死んだよ。メイヤちゃん。三年前の叛乱が起こった時に」
「嘘……だろ」
あっさり告白すると、彼がびくっと硬直したのが、暗がりの中でも分かった。
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