第12話 遠い幼馴染み 【神学校時代】
◆◇
――三年前。
神都でも肌寒く、夕方になると吐く息が白くなった。
(芽吹きの月が来たら、私も卒業か……)
本格的に進路を考えざるを得ない、私にとって切羽詰った時期。
メイヤの様子が変わった。
何を訊いても上の空で、ふわふわしている。
三つ編み眼鏡の小柄で目立たない質素な印象の子だったのに、長い茶髪を下ろして、日に何度も鏡を見るようになって、神経質なくらい身形に気を配るようになっていた。
「楽しそうだね。メイヤちゃん。実習って面白いの?」
久々に帰り道が一緒になって、私は彼女と距離感を覚えながらも、何とか笑顔で話しかけた。
多分、私の内面の葛藤なんて気づいてもいないのだ。
メイヤは朗らかな微笑で応じてくれた。
……ああ、今日はちゃんと答えてくれるみたいだ。
「うん、とても充実しているよ。毎日、新鮮で勉強になることばかり……」
「そうなんだ。良かったね」
「ミソラちゃんがいつも私を守ってくれているからだよ」
「そんなことないよ。寮のおばさんが私のことを嫌いなだけだよ」
余裕がある時は、彼女は私に日頃の謝罪をしてくれる。
特別なことをしたわけではないのに、ありがたいことだ。
(今、メイヤちゃんは大変な時なんだって、私だって分かっているんだよ)
大神殿の正規の神職に見習いとして三カ月仕えるのが、神学校の卒業試験の一つ。
彼女は今、大神殿で見習いとして奉職している。
選び抜かれた優秀な学生しか、大神殿の神官や巫女に仕えることは出来ないので、私とは無縁の世界だった。
そこに、メイヤは孤児院出身で唯一、挑んでいるのだ。
彼女もまた神職の見習いに選ばれたということで、自分に自信を持ったのだろう。
この一カ月ほどで、目に見えるように垢抜けて、綺麗になった。
おそらく、大神殿の神職者に相応しい、立居振舞いをしなければ……と、必死なのだ。
格好だって巫女服に上質な純白のローブを身に着けている。
見た目なら、名門の家のお嬢様にしか見えなかった。
「あーあ。メイヤちゃんもしっかり生きているし、ヤーフェ君も……大神殿の神官にならないっていうのは、意外だったけど、何か難しい顔して色々考えてるみたいだし、みんなちゃんと将来のことを考えているんだね。凄いな」
「そりゃあ、特に私たちのような孤児はね。頼れる人なんていないし、世情だって神都にいると分からないけど、かなり不安定だっていうからね」
「世知辛いね。神託者でも何でも良いから、この世界に風穴を開けてくれる人が出てきたら、良いのに……」
「でもね、ミソラちゃん。神託者って言ったって、別に救世主ってわけじゃないんだよ。世界が滅ぶ預言なんてされちゃったら嫌じゃないの?」
考えなしの軽口だったのに、真面目なメイヤはしっかり言い返してきた。
「うん、まあ、そうだね。確かに、困るけど。でも、そもそも、滅びの預言なんてないんだろうから……。神託者なんて、形だけっていうか。何処かの国が他の国より優位に立ちたくて、でっちあげた存在で……」
「違うよ。ミソラちゃん。そんなふうに言う人もいるけれど、神託者は存在すると思う。私ね、色々と文献を読みあさったの。そのどれも神託者について詳細に書かれていた。でも……どうしてなのか、世界の存続に関する審判を下した後、彼らの消息を伝えるものが一切残ってなくてね……」
さすが勉強大好きのメイヤだ。
熱く語ると、周囲が見えなくなるのは健在だった。
「難しくて、分からないよ。メイヤちゃん」
「私、二十歳以降、神託者が殺されたのか、自死したのか……って気になっていたの。いずれにしても、そういった能力を得てしまったら、正気でいるなんて出来ないんじゃないかしら?」
メイヤは真剣に「神託者」に思いを馳せているようだった。
私には意味不明だけど……。
でも、そういうことに、熱心に取り組んでいるメイヤの頑張りに私は感心していた。
「メイヤちゃんは大神殿の巫女……絶対むいているよね」
「ミソラちゃんは、神職にはむいてなさそうだものね?」
「神様苦手だしね。将来、ヤーフェ君が神官にならないのなら、そもそも、押しかけて雇ってもらうことも出来ないだろうし。残念だな」
「そんなこと言ってても、どうせ、ミソラちゃん、本気で押しかけるつもりなんてないんでしょう? 意外に純情だから」
「純情。……私が?」
「気づいていないの? ミソラちゃんって、いつもヤーフェ君の目、見ていないんだよ」
「知らなかった。本当に?」
「ヤーフェ君も気づいていると思うんだけど?」
それは人として最低なのでは?
(……今度から気を付けよう)
「ヤーフェ君とミソラちゃん、良い組み合わせだと思うんだけどな」
「そんなことを言ってくれるのは、メイヤちゃんくらいだよ」
いつもの空笑いをしていたら、メイヤは私の前をどんどん歩いていたので、私は慌てて彼女の小柄な後ろ姿を追いかけた。
「ミソラちゃんは、自分の気持ちに蓋をするのが上手いから」
「そう……かな?」
「誰かを一途に想うのは、しんどいものね」
そう言って、夕焼け空をしみじみと仰ぐメイヤの横顔が、残照以上に赤くなっていることに、私はその時ようやく気付いたのだった。
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