第11話 ミソラの狙い

◆◆


「ああ、先生。いらっしゃると思っていました。むしろ遅いくらいですね。貴方にしては、静かすぎるくらいでした」

「その様子、計画的って感じね?」


 怒りを押し殺しているせいか、微かに声が震えていた。

 私を追って来たマーヤ先生。

 呼び出したわけではないけれど、話したいことがあったから丁度良かった。

 もっとも、人払いをして、扉越しの面会にしたのは正解だったようだ。

 誰か近くに人がいれば、彼女は私の理解者として上手く化けただろうし、直に二人で会えば、何をされるか分からなかった。

 

(感情的な人だからな)


 まるで、学生時代、私を目の仇にしていた頃のようだ。


「ねえ、ミソラさん。ここを開けて頂戴。面と向かって話しましょう。陛下も心配されていたわ。貴方、どうしてあんなことをしたの? 何か目的があったのでしょう? もしかして……ヤーフェ? 彼が原因なんじゃ?」

「確かに。彼と会ったから、あの場で預言をしようと思ったのは事実です。でも、彼の存在があってもなくても、今回の預言はいずれするつもりでしたよ。……事実なので」

「莫迦言わないで頂戴。そんな……自国を滅ぼすような預言、誰が……」

「――神託者だから……でしょうか。貴方が私を見つけたんじゃないですか?」


 ぎりっと奥歯を噛む音が、鉄製の扉から少し離れた場所にいる私にも聞こえた。

 こういった事態も予見して、前もって内鍵をつけておいた自分を誉めてあげたい。

 そう安堵したのは、彼女が激しい音を立てて、力づくで扉を開けようとしているからだ。


(まあ、でも神殿兵など使わずに一人で来たという時点で、この人も怖がりなんだろうけど)


 私の口から「秘密」を暴露されることを恐れているのか?

 「偽物なのだ」と……吹聴してみたら、逆にどうなるのか、試してみたい気もした。


「ヤーフェね? 彼が貴方に指示を出したんでしょう?」


 未だに的外れなことを、声高に叫んでいる。

 確かに、彼は私を動かすことのできる唯一の人かもしれない。

 けれど、この人が私とヤーフェの何を知っているというのだろう。


 ――三年前、私と彼の間には何もなかった。


 むしろ、私はヤーフェに避けられていて、神学生たちの間では嘲笑の的だった。

 マーヤ先生は私のことなんて、何の関心も持っていなかったのに……。


「どうして、そうやって恋愛に結び付けるのでしょうね。貴方の頭の中が男性のことで一杯だから、そんなことを言うんですか?」

「何を……言って。私にはそんな」

「実は、私にもいるんですよ」

「へっ?」

「ずっと、気になっている男性」

「……は?」


 絶句している先生の顔が、対面せずとも脳裏に浮かんだ。


「先生とは少し違いますけど、私にも忘れられない人がいるんです」

「はっ? どうせ、ヤーフェでしょ?」

「違いますって」


 言下に一蹴すると、扉の外でマーヤ先生が息をのむのが分かった。

 今まで大人しくしていた分、ほんの少し溜飲が下がったような気がする。


「マーヤ先生。私がヤーフェ君のことを本気で好きだと思ってらしたんですか? 嘘ですよ。恥ずかしげもなく、毎日、好きだと告白して回るなんて、本当だったら、恥ずかしくて出来ません」

「そ、それはそうかもしれないけど」

「実は……私のお披露目の場で、その男性に再会できると思ったのです。私はあの方と一目会えれば満足だったのですが、彼はこの場にいませんでした。それで、がっかりしてしまって。何とか、あの人に会えないかなって……」

「さっぱり意味が分からないわ」

「ちゃんと私の話を聞いて下されば、分かると思いますよ。私のあの酷い預言は、そうでもしないと、陛下もマーヤ先生も私と交渉なんてしてくれないと思ったからです。私の気になっている男性と会わせて下さったのなら、あの預言をどうにかすることも……出来るかもしれません」

「とりあえず、話だけなら聞いてあげるけど?」

「ありがとうございます」


 心のこもらない礼をすると、先生の心変わりを懸念して、私は早口になった。


「三年と少し前です。やんごとなき身の上の方が素性を隠して、大神殿で神官として奉職されていませんでしたか?」

「…………」

「黙っているということは、肯定でしょうか。私はその方のことがとても気になるのです」

「貴方が? 本当に?」


 あからさまに、先生が困惑している。

 その人物と私に接点があったことに驚いているのだろう。


(……ということは、彼女と「その方」の繋がりは、先生も知らないわけだ)


 実際、私は彼とは一度も会ったことなんてない。

 ただ「彼」が私の想像した人物と一致すれば良い……と思っているだけ。

 でも、この先生の反応。


(間違いなさそうだな)


 私の導き出した答えの通りだ。

 

(ならば……)


 私は座っていた椅子から勢いよく立ち上がった。


「ねえ、先生。私、その方はロリネルの王太子殿下ではありませんか?」

「…………」

「当時、マーヤ先生は神学校の教師で、大神殿にも深い繋がりがありました。あの方の正体だって知っているはず……」


 確信を持って言い放つと、観念したらしい、マーヤ先生は数瞬の逡巡の後、小声で「そうよ」と短く答えてくれた。

 

(やはり、そうか。ロリネルの王太子。消去法で、それくらいしか思い浮かばなかったんだよね)


 ああ、まったく。

 ――愚かだね。私達は……。


「いい? ミソラさん。これは一部の教員と神官の間にしか伝えていない極秘事項。殿下は短期間の留学でいらっしゃっただけよ。あの時、貴方と殿下がどういう仲だったのか、私には分からないけど。公の場に出るのがお好きではない方だから」

「ああ、だから……私のお披露目会には、いらっしゃらなかったのですね。だったら、尚のこと、彼と仲良くしておきたいですね。最近、少しずつロリネルはアーティマから距離を置き始めているという噂を耳にしたので……」

「つまり? ロリネルの王太子殿下をここに連れて来いってこと?」

「さすが先生。話が早い」

「でも、どんなに手を尽くしたところで、殿下が貴方に会わないと言ったら、それまでよ」

「ええ。別に構いませんよ」


 どちらだって良いのだ。

 先方が来ないのなら、私から出向いても良い。

 それくらいの猶予はあるだろう。

 

「それにしたって、どうして、こんな回りくどい手を使ったの? 事前に一言、私に……」

「そうでしたね。そうすれば良かったのかも」

「貴方ね!」


 久々に怒鳴られて、私は小部屋の中で苦笑した。

 

(酷いな。こうなる前に、私が尋ねたところで、先生は黙殺したでしょうに……)


「先生。私、焦っていたのかもしれません。神託者って二十歳を過ぎたら皆、記録に残っていないじゃないですか。常世の国に旅立ったんだって聞いたから……。私もそうなるのかなって思ってしまって」

「莫迦ね。それは……貴方が」


 本物の神託者だったのなら……と、マーヤ先生は言いたかったのだろう。

 けれど……。


「私は神託者ですよ。先生」


 ……残念ながらね。


 私は目を閉じて、静かに心の中でそう付け足したのだった。

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