第7話 ヤーフェの後悔

◆◆


「このお披露目会、絶対に何かあるとは思っていたけれど、まさかお前じゃなくて、神託者の方がやらかすなんてな。ヤーフェ」

「……その名で、呼ぶな」

「大丈夫。この有様だ。誰も耳にも入っていないだろうよ」


 恐慌状態の最中、ヤーフェは昔馴染みで現在の補佐官サイリスと共に神殿の椅子に座ったままでいた。

 全身黒ずくめの自分と違って、銀髪に碧眼のきらきらした容姿の男。無駄に愛想も良いので、共にいるとなぜか目立ってしまう。

 サイリスと共に行動するのが億劫で仕方ないのだが、敵陣に乗り込むことを楽しめるような男が身近に誰もいないので、神都にいる間だけは仕方ない。

 渋々、隣に置いている。

 ……けど。


(喧しくて、仕方ない)


 すぐさまこの場を離れたいものの、今は間が悪い。

 混乱した群衆に呑まれるだけなので、ヤーフェはのんびりと座っていた。

 神託者が「早晩滅ぶ」と預言したところで、今すぐという訳ではないだろう。

 滅び方だって、明言していないのだから、別に慌てる必要はないのだ。

 逆に滅ぼすつもりでいるヤーフェ側の思惑がバレたのではないかと、そちらの方が怖いくらいだった。

 一体、ミソラは何を考えてるのか?


(自殺行為だぞ、アイツ。莫迦なのか?)


 早晩滅ぶのは、アーティマではない。彼女の方だ。

 今回の裏切りを、ルカム王は許しはしないだろう。

 せっかく上手くやってきたのに、急にどうして反旗を翻したのか?


(……どうせ、神託者っていったって、偽者なのだろう?)


 マーヤに、良いように利用されただけなのではないか?


(何、勝手に傀儡なんかにされているんだよ。ミソラ)

 

 昔から、諦念のような……。

 空虚な眼差しをしている瞬間があった。

 今回も最初はそうだった。

 神託者として、自己紹介をしている時も、経典の一節から、全能の神フリューエルのことを説明している時も……。

 自分の意思などそこには介在してない。

 言わされているような口上の数々。

 ヤーフェは彼女の抑揚のない声を聞くたびに、傍らで満面の笑みを浮かべているルカム王とマーヤに対して、苛々を募らせていた。

 ――しかし。

 最後の預言だけは、ミソラの……彼女自身の言葉だった。

 まるで自棄になっているような……。

 自分の終わりを決めているような感じがして、背筋がぞっとした。


(台本があったんだろう? 神託者として祭り上げられたってだけなら、その通り演じていれば良かったんだ)


 アーティマが未来永劫、栄えるとか、神の加護を貰っているとか……適当に。


「三日前、アイツに会った時に、もう少し探りを入れておけば良かった」

「あ―。嫌いって告白されて、純朴なヤーフェ君は頭が真っ白になったんだろ? だから、もっと綿密に計画を立ててから会えば良かったのに。神託者が幼馴染の彼女だって知った途端、飛び出しちまったんだから」

「うるさいな」

「神学校時代、お前のことを好きだって追いかけてきた勇敢な子なんだってな。お前だって、まんざらじゃなかったんだろう? こんな形で再会とは可哀想に」

「いいか? あいつの好きは「好き」じゃないんだ」


 ミソラの好きは通常の「好き」とは違う。

 「呪い」が含まれているのだ。


「……俺はあのまま……あいつは穏やかで優しいって評判の男と結婚して、幸せになっていると思っていた」


 ミソラは神都で叛乱が起きる前に、アーティマの中では比較的過ごしやすい、南の小さな領地に棲む大地主の三男に嫁ぐ予定だった。

 大地主で金を貯め込んでいるから、生活の心配もないし、性格も温厚で評判も良いのだと聞いていた。


(アイツは幸せになれるって、俺は思い込んでいたんだ) 


 まさか、嫁ぎ先にも現われず、縁談自体、自然消滅していたなんて。

 それを知ったのは、つい最近の話だった。

 もう少し早く、ヤーフェがそのことに気づいていたのなら……。


(そうしたら、俺は……)


「ほう。まだこちらにいたとはな……。クラート……いや、神学校の卒業生ヤーフェ殿」


 ヤーフェという名前に反応をして、つい顔を上げてしまった。

 視線の先に、居丈高に自分を見下ろす男がいた。


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