第6話 籠城

「本当にこれで宜しいのですか?」


 私を地下の拝殿に送り届けてくれた大神殿で最年長の巫女シズルが、困惑した面持ちで尋ねてきた。

 三十人以上はいるだろう、神官、巫女、彼らは職務を忠実にこなしているだけ……。

 私の思惑などよく知りもしないし、知りたくもないはずだ。


「本当に、アーティマは滅ぶというのですか? 神託者様」


 いつも寡黙できつい眼差しばかりを私に向けていたのに、今日の彼女はよく喋った。

 緊急事態に気が昂ぶっているようだった。


「それはどうだろう。私は神の言葉を代弁しただけだから」

「……しかし」

「ともかく、シズルさんと皆さんは、ここから出ることが一番良いと思う。信仰を続けたいのなら、地方の神殿だって受け入れてくれるはずだし、還俗は私が「神託者」の名において、認めるよ。無理して私の傍にいる必要もない。これから好きにしてくれて構わないから」

「そんなこと仰られても、困ります」


 そうかもしれない。

 彼らは、昔の私と同じだ。

 生まれた時から決められた道を疑いもなく歩んでここまで来た人達だ。

 急にその道から外れるよう促されたって、困るだけだろう。 

 狭い部屋に入り切れない、神職の面々は廊下にも溢れていた。


(……悪いことをしたな)


 だけど、早晩アーティマの王朝がなくなってしまうのなら、今のうちから方向転換しておいた方が良いのだ。

 私は間違っていないはずだ。

 ……多分。


「はあ……」


 拝殿中央に置かれている年代ものの椅子に深く腰をかけた私は、ほっと息を吐いた。

 衣裳が重いせいで、肩が凝る。


(疲れた)


 ようやく落ち着いて周囲を見回してみたら、まるで、囚人が過ごすような質素かつ狭い部屋だった。


(でも、昔を思えば快適かも)


 神殿の寮なんて、最初の数年は眠る場所すらなかったから。


 …………あの頃。

 私にとって、貧しい日常は永遠に続くものだと思っていたし、現状を維持することを願っても、そこから抜け出そうなんて発想自体まったく持っていなかった。


『……お前の世界は、歪だ』


 そのことを私に教えてくれたのは、ヤーフェだった。

 あれで、私は自分が違うということが分かったのだ。

 せっかく教えてくれたのに、改善されるどころか更にこじらせてしまったのは、我ながら辛いところだけど……。

 

(彼と私では、見ている世界が違う)


 向上心溢れるヤーフェと、現状維持こそ幸せと考えている私とでは、性根が違っていた。 

 それなのに、身の程知らずの私は、あの時……マーヤ先生の言葉に乗ってしまったのだ。


『……力が欲しくないの?』


 少し前に、メイヤが話していた。

 孤児だからって、差別されない。

 誰かに見下されることもない。

 大勢の人に傅かれて、敬われる身分を得たのなら……。

 

 そうしたら……?


(欲しい物を欲しいって言える? 我慢しなくて済む?)


 でも……。

 そんなことなかった。

 神託者として、上辺だけ敬われても、私は私のままだったのだ。

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