第5話 混乱

◆◆


 神殿内は一瞬の静寂の後、混乱に転じた。

 無理もない。

 アーティマの繁栄を言祝ぐどころか「滅びる」と、私は断言したのだ。

 元々しんと静まり返っていた為、声が響きやすいこともあったのだろう。私の声は面白いくらい、人々によく伝わった。


「言い間違い?」


 最前列の席から立ち上がって、懸命にルカム王がその場を取り繕うとしているが、私は無言を貫いた。

 むしろ、ルカム王が晴れの舞台とばかりに誂えた毒々しい衣裳が滑稽過ぎて、嗤ってしまいそうだったけれど、何とか堪えていたのだ。


(ルカム王。あんな金ぴかな衣裳のために、どれだけの財を費やしたんだろう?)


 そんなことを考えていたら、いつの間にか私の黙然に立ちはだかっていた王が、耳元で喧しく喚いていた。


「おい、聞いているのか!? 神託者!」


 ……神託者。

 この人は、私の名前すら憶えていないのだ。


「滅びるというのは、一体どういうことだ。どういう了見でお前は?」

「…………」

「貴様、口が利けんのか!?」


 私がさも聞こえないふりを続けていると、さすがにかちんと来たのだろう。

 声色が変わって、戸惑いから怒り一色となった。


「いいから取り消せ。今の発言を取り消すんだ。早くしろ!? この小娘が」


 苛立ちをそのままに、私の手を掴もうとするルカム王を、その場の空気を読んだ神官がぴしゃりと止めた。


「陛下。おやめ下さい。皆が見ております」

「…………っ」


 ――アーティマの王は、神託者に一体何をしているのか?


 私のような愚かな小娘にだって、ルカム王の振る舞いが野蛮であることは痛いくらい分かる。

 

(ここで感情的になる方が、信憑性を高めてしまうのにね)


 慌てたルカム王が賓客たちの前で何ごとか口を開く前に、私はその場から退散することにした。

 一番懸念していたマーヤ先生が、ルカム王と一緒に怒鳴り込んでこなかったことだけが意外だったけれど……。


(まあ、いいか)


 しゃらん……と、磨き清められた床石に錫杖を降ろすと、涼やかな音が鳴った。

 私の後ろに粛々と続く神官と巫女たちの視線に混じって、ヤーフェの熱い眼差しを感じたような気がした。


(私は、賽を投げただけだよ。ヤーフェ君)


 結末は分かっていても、途中経過までは分からない。

 ともかく、今はヤーフェの身の上より、自分の身の安全の方が危ないことだけは分かっていた。


(殺されるかな?)


 私がルカム王の逆鱗に触れたことは確かだ。


(処刑なのか、私刑なのか、暗殺されるのか、方法と場所は分からないけれど)


 王城に設けてもらった私室に帰るほど、愚かではない。

 元々、私は神殿の地下に籠城することに決めていたのだ。

 少しずつ、運び込んでいた身の回りの持ち物と、食糧。

 それを当面頼りに生き延びるつもりだった。


(客がいる前で、私を大々的に殺すのは得策ではないだろうから、彼らを穏便に返してからが、本番というところかな)


 ――勿論、切り札の一枚、二枚くらいは、私だって持ってはいるのだ。


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