第4話 滅びの預言

◆◆


 「神託者」のお披露目式典は五日後。


 アーティマに神託者が降臨したのだと、ルカム王は喧伝して回っていて、国内外から賓客が集まりつつあった。


(本当はもっと招待したみたいなんだけど、私の存在がまだ眉唾だって言うので、集まらなかったみたいね)


 愚かなのは、ルカム王なのか、マーヤ先生なのか……。

 それとも「神託者」という超常的なモノの力を借りたい周辺諸国なのか……。

 神託者を見世物のように晒して、預言をしたふりをさせる。

 神に対する冒涜だろう。

 けど、別に私だって怒っているわけではなかった。


 ――精々、そのご都合主義に合わせた芝居をして、自分の目的を果たしてやるだけ。


 神託者を衆目に晒す場は、新しく造営した大神殿と決まっていた。

 王城の隣に隣接して建っていた王族専用だった神殿を、焼失した大神殿のように三年かけて大々的に造り変えた、アーティマの象徴。

 国が亡くなるか否かの危うい橋を歩んでいた頃に、こんなことをしていたのだから、ルカム王は狂気の人かもしれない。


(まさか、この時にヤーフェ君と再会するなんて思ってもいなかったけど、これも運命って奴なのかな)


 ヤーフェがクラートとして、この場に姿を現した時に、私の取るべき行動は決めていたのだ。

 あとは神様が舞台を整えてくれたのだと思って、想像通りにやるしかない。


 丸三日間の斎戒沐浴。


 形だけ浄化の儀式を終えると、私には専用の白い儀礼服が用意されていた。

 幾重にも複雑な構造の衣裳を巫女たちに着付けてもらい、大神殿で保管していた黄金の錫杖を手渡される。

 錫杖にはアーティマで採掘された七色の光を放つ、希少な薬聖石レイアークがふんだんに使われていた。

 時間の間隔が麻痺した頭で、うつらうつらしながら、その時を城の一室で待っていると、ようやくお声がかかった。

 王城に設けられた私の部屋から神殿までは、徒歩圏だ。

 大勢の神官、巫女に囲まれて、私は操り人形のように、地下通路を抜けて行く。

 じめじめした階段を昇り切ると、純白の無垢な世界が広がっていた。

 この日のために、国家発揚も兼ねて、造りこまれた白亜の祭壇は全能の神、また地母神の別名を持っているフリューエルに相応しく、花畑にいるのかと錯覚するくらい、季節の花々が飾り付けられていた。

 フリューエルの形代でもある中央に祀られた大水晶に私が一礼すると、観衆の黄色い声が飛んできて、眩暈がした。

 すぐ脇の貴賓席で寛いでいるのは、ルカム王とマーヤ先生。


 ……お前のすべきことを、忘れていないだろうな。


 恫喝めいたルカム王の視線を、真っ先に感じてしまった。


(分かっていますとも)


 私は抜け殻のような微笑を口元に乗せて、言われた通りの挨拶。自己紹介をして、最後に「神託者」としての預言を行うことにした。

 確か、打ち合わせでは、アーティマの繁栄を言祝ぐようなことを言うような。

 でも……。

 神託者として、嘘の預言をすることは許されない。


(私……一応、神託者だからね)


 これは私の意思ではなくて、真実。


 ――なるようにしかならないこと。


 神殿の外では一般民が、お祭り騒ぎで見守っている。

 神殿内には、身なりだけが良い貴賓達が集っていて……。

 祭壇近くに設けられている座席は、主だった近隣地域の主たちが並んで座っているようだった。

 神託者が現れたという情報を知り、真っ先にアーティマに援軍を派遣した隣国のロリネルの年老いた王。

 結構、頻繁にアーティマに来ているので、私もこの老人の顔は覚えていた。

 本来であれば、高齢を理由に王位を嫡男に譲ってもおかしくない頃なのだが、王太子に問題があるようで決断できないらしい。

 まるで、三年前のアーティマのようだ。

 重要な外交の場でもあるだろうに、ロリネルの王太子は顔も出していない。

 

(残念だな。王太子にはこの機会に会っておきたかったのに)


 それにしたって……。

 アーティマとロリネルの連合軍の前に、サーファス領を旗頭とした叛乱軍は、退散せざるを得なかったのだから、平然とこんな針の筵のような場に顔を出せるヤーフェも、ものすごく面の皮が厚い人なのかもしれない。


 ――そう。

 この場に、ヤーフェがいる。


(私を視ている)


 壇上で錫杖を振るい、仮面のような笑みを浮かべながら、適当なことを口にしている私を彼はどう思っただろう。


(……ん?)


 不意に熱気を感じて目を凝らしたら、後方にいるにも関わらず、やっぱり彼と視線がぶつかった。

 何処にいても分かってしまうのが、昔の習性なのか……辛い。

 真実を見抜く、漆黒の瞳。

 逸らさず、じっと私に向かっている。


(変わってないんだね。君は……)


 疾しいことがないから、堂々としていられる。

 きっと、ぶれない。

 三年前の叛乱だって、きっと心を痛めてはいるだろうけど、後悔はしていないのだろう。

 そういう人だ。


(羨ましくて、妬ましかったよ。……ずっと)


 だから、私は自嘲気味に口角を上げてしまった。

 彼に聞かせるように、これでもかというくらい、腹の底から大音声を上げる。


「私は全能の神フリューエルの神託者。私の言葉は神の意思。フリューエルの名を持って、ここに神託を下す! ――我が祖国アーティマの王朝は、早晩滅ぶであろう」

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