第3話 神託者
◆◆
――
四百年に一度、世界の何処かに出現し、全能の神フリューエルの意思を伝える者。
フリューエルとは太陽であり月。光であり闇。すべての根源。
神託者は、その身に
この世の流れを見極め、人の世が滅ぶべきか、存続するべきかの答えを出す役割を持つ人類の代表者。
この世界では至るところに、その人物の足跡が刻まれていて、呼び名は土地によって違うものの、知らない者はいないくらい有名な現人神。
今まで滅んではいないのだから、この世は存続の審判をされてきたのだろう。
「ミソラさん、大丈夫? あいつに何かされていない?」
マーヤ先生が心配そうに私を覗きこんでいた。
ヤーフェ……クラートとの対話は特に進展のないまま、廊下で待機していた側近の乱入によって、打ち切られてしまったのだ。
(まあ、二人でいても気まずさしかなかったから、別に良いんだけどさ)
先生もつい先程ヤーフェがサーファス領のクラートであることを知ったらしく、顔面蒼白になっていた。
他の側近たちも、固い表情をしている。
神学校の中でも飛び抜けて優秀で、次代の大神官とまで噂されていたヤーフェ。
三年前の叛乱軍の襲撃によって、命を落としたものだと言われていたのに、その本人が実は叛乱軍を指揮していて、王の命を奪った張本人だったのだから……。
(ヤーフェ君。君、ここに滞在している間に命を狙われるよ)
私は遠い世界の出来事のように、現状を俯瞰している。
(あれから、三年……)
サーファス領内でも、内紛があったらしく、ごたついていたことは私も知っている。
その中で、勝ち上がってきたのが公の存在になっていない領主の三番目の子供。クラートだということも、噂では耳にしていた。
そのクラートがヤーフェと同一人物だろうことは分かっていたけれど、今の今まで確信を得たくなかったのが正直な気持ちだった。
(勝ち馬に乗っている彼が、どうして危険な神都なんかに来たの?)
サーファス領主が主導した三年前の叛乱で、国王を暗殺されたアーティマ王家は、ほぼ壊滅状態に陥っていた。
その最大の危機を救ってしまったのが「神託者」である私で、私の存在につられた隣国の軍勢だった。
しかし、現在、一旦和解したとはいえ、攻め込んできたサーファスの人間を喜んで迎え入れる神都の人間なんているはずもない。
神都に来るというなら、ヤーフェ以外の適任者はいただろうに……。
――神託者のお披露目の式典なんかに、身の危険を覚悟で出席する意味なんてないはずだ。
「もどかしいわね。神殿での殺生は禁忌となっているから出来ないけれど、私があいつを八つ裂きにしてやりたいくらいだわ」
マーヤ先生が、芝居がかった大声で憤りを表現している。
神学校で神学の授業を受け持っていたマーヤ―先生。
今は成り行きのままに、私の最側近になっていた。
教師をしていた頃は、地味な黒っぽいドレスを制服のように着ていて、銀縁の眼鏡をしていたお堅い印象の彼女だったけれど、私に仕えるようになってからは、一気に垢抜けて、今は細緻なレースがふんだんにあしらわれたいかにも高価なドレスを身に纏っている。
三年前の叛乱によって、神都では犠牲者も出たのだから、彼女の態度は正しいのだろう。
私も何も知らないままでいたのなら、彼女と同じような態度を取っていたかもしれない。
ヤーフェ一人を憎むことで問題が解決するのなら、それほど楽な話もないのだ。
「先生も熱いですね」
「だって……。ミソラさんだって、憎んでいるのではないの? あれだけ仲良くしていたのに、彼は貴方を裏切ったから」
「いやー。仲良いというよりは、私が一方的に言い寄って、毎日振られている状態でしたけどね」
「……そうだったかしら?」
マーヤ先生にとって、生徒としての私の印象は薄かったらしい。
腕組みして考え込んでいる。
……と、そこに。
「やあ、神託者殿」
金の刺繍が施された白地の上着に、金髪碧眼のやたら派手な男性が大股で、私と先生の前にやって来た。
神託者の私室に先触れもなく、いきなり入室出来てしまう無礼な人は限られている。
「……陛下」
私は重い巫女服の裾を掴んで、一礼した。
三年前、国王が弑逆されたことで、急遽、即位することになったルカム王。
お妃様がいて昨年、姫君も誕生されているけれど、女性にだらしないという評判は私の耳にも入っていた。
それが原因で、国王が存命中、王位を譲らなかったという噂も聞いていたが、真偽の程は分からない。
(でも、女好きというのは分かるかも……)
マーヤ先生が媚びるような笑みを浮かべて、じいっと王を見つめている。
彼女とルカム王が特別な仲だということは、公然の秘密だった。
(三年前まで、この国の王様なんて、それこそ雲の上の方だったんだけどね……)
最初、王と謁見した時の私は、心臓が飛び出してしまうのではないかというくらい緊張したのだ。
だけど、このルカム王のことを知るにつれて、微塵も感情が揺れなくなってしまった。
むしろ、王位を継がせちゃいけない人だった……と今は強く思っている。
ルカム王は眉間に皺を寄せて、不機嫌に言い放った。
「サーファス領のクラートと神託者殿が面会したと聞いたから、急ぎ来てみた。何でも、神託者殿の神学校時代の知り合いらしいではないか?」
「ああ、彼、サーファス領からの内偵だったみたいですね。まさかとは思いましたが、本人も認めていたので、そうだった……」
「はっ! ここに来たのが運の尽きよ。どうして、のこのこ誘いに乗ってきたのかは知らないが、あいつを殺せば、サーファス領……ひいては、そこに追随した勢力を削ぐこともできるだろう」
「しかし、陛下。神殿内での殺生は……」
「マーヤ。案ずるな。あくまでも「原則」だ。バレなければ良い。どうせ神などいないのだから」
(下衆だな……)
神託者の前で、堂々と神はいないと言い切ってしまう国王。
アーティマは、全能の神フリューエルに対する信仰が篤い国として、内外でも有名なのに……。
(神殿で率先して神事もこなしている国王がこれだもの)
呆れてしまう。
神学校という閉鎖された空間にいると分からなかったけど、王が狙われる理由は幾多もあるのだ。
「神託者殿。今回の式典の趣旨を貴方は分かっているのかな?」
「ええ、もちろん。アーティマの復活を内外に示すため……ですよね?」
難しいことは分かりませんと言わんばかりに、私はへらへら笑ってみせた。
ルカム王は、満足そうに顎を撫でていた。
(分かっていますよ)
この人達にとって、私は愚鈍な方が都合も良いのだ。
「神託者がアーティマの聖なる地に降り立ったことを大陸中に広め、我が国が永久に続くことを知らしめる預言を貴方にしてもらう。そうすれば、もう三年前のような悲劇は二度と起きない。そういうことだ。神託者殿」
「はい。そうですね」
返事だけ、愛想良くする。
所詮、見下されているのだ。
「頼むわよ。ミソラさん」
マーヤ先生が私の頭をそっと撫でた。
優しい手つきだった。
でも、それもすべて芝居だということを、私は知っていた。
(マーヤ先生も心根では、私のこと蔑んでいますよね?)
……別に、それで良い。
その方が私もやりやすいのだ。
間も無く彼らはヤーフェを暗殺するどころではなくなるのだから……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます