第12話 帰り道

 食事を終えた後もドリンクバーを飲みながら話が盛り上がって、店を出たのは10時近くになっていた。


「俺たちは駅に行くから、じゃ、またお願いね」


 若林が手を振りながら、4人は駅の方へと歩き始めた。4人が楽しそうに話している声がだんだんと遠ざかって行った。

 梅野さんも「じゃあね」と行って帰るかと思ったが、まだ「竹山さんと若林君って付き合ってるんだよ。気づいてた」などと、とりとめもない話をしながら帰ろうとしない。


「梅野さんの家って、どのあたり?」


 家の場所を知られるのを嫌がられる可能性もあったが、梅野さんはすんなり教えてくれた。

 例え反対方向であったとしても送るつもりだったが、運よく梅野さんの家は、僕の帰り道の途中だった。


「僕の家の途中だから、もしよかったら一緒に帰る?」

「助かります。一人夜道帰るのも怖かったんですよ」


 大学には自転車は着ていたがそれは置いたままで、梅野さんと一緒に帰路についた。

 10時近くだけどコンビニなどまだ営業しているお店も多く、都会の夜は明るい。

 そんな夜道を二人並んで歩く。


「東京って夜でも人が多いよね」

「そうだね」

「東京の人ってみんなキラキラしてるよね。竹山さんも松田さんも、田島君と仲のいい相澤さんも、みんな同い年とは思えないぐらいメイク上手だしオシャレだし」


 そういえば前に一緒に勉強していたときに、蓮に梅野さんがメイクのことを聞いていたのを思い出した。


「東京にきたら何か変われるかなと思ったけど、ダメだね」

「梅野さん、そのままでもかわいいと思うよ」

「そんなことないよ。メイクだって社会人になったらしないといけないけど、できる自信ないし」

「よかったら、蓮にお願いしてみようか?」

「うん。お願いしていい?」


 思わぬところで蓮が役に立った。勝手に約束してしまったが、蓮のことだから多分大丈夫だろう。


「私のマンションここだから。送ってくれてありがとう」


 僕のボロアパートとは比べ物にならない、立派なマンションの前で彼女は立ち止った。


「今日はお疲れさん。また何かわからないことがあったら聞いてね」

「あの、そのことだけど、私他にもわからない科目があって、教えて欲しいんだ」

「いいけど」

「やった~。じゃ、今度土曜日お願いしていい?」


 梅野さんが無邪気な笑顔を見せながら喜んでいる。


「土曜日、午前中はバイトだけど2時からなら大丈夫だよ」

「じゃ、バイト終わったら来てくれる?」

「う、うん」


 僕が答えると梅野さんはオートロックを解除してマンションの中に入っていった。

 来てくれるってことは、ここに来るってことだよな。勘違いだったらすごく恥ずかしいけど、今の感じだと多分大丈夫。

 急に土曜日が待ち遠しくなってしまった。


 いつもは朝からの気温の高さに辟易しながら登校していたが、梅野さんと約束して以来大学に行くのが楽しくなり、自然と足取りも軽くなった。


金曜2限目の統計学基礎が行われる教室に入ると、教室の真ん中ぐらいの席に梅野さんの姿を見つけた。


「田島君、こんにちは」


 こちらから話しかける勇気はなく、素通りしようとしているところに声を掛けられた。


「梅野さん、今日は一人なんだね」

「この授業出席ないから、竹山さんと松田さんは後から来ると思うよ」

「そうなんだ」

「明日はお願いね。田島君、コーヒーと紅茶どっちが好き?」

「どっちでもいいけど、コーヒーの方が好きかな」

「わかった、準備しとく」


 このやり取りからも、明日は梅野さんの部屋で一緒に勉強で間違いない。

 期待に心弾ませて、いつも通り前の方の席に座ると蓮はすでに席についていた。


「梅野さんと仲良くなったみたいだね」


 蓮が早速冷やかしてきた。


「まあね」

「ところで、明日一緒に勉強しない?来週からテスト始まるから、準備しておきたいんだ」

「ごめん、明日は梅野さんと約束があるんだ」

「そう、よかったね」


 浮かれて表情が緩んでいる僕とは対照的に、蓮の表情は曇っている。


「あっそうだ。蓮、テスト終わってからでいいから、梅野さんの相談に乗ってもらっていいかな。メイク覚えたいんだって」

「テスト終わってからでいいなら、いいけど」

「勝手に約束してしまって、ごめんな」

「いいよ。それで、直人と梅野さんが上手くいくならボクも嬉しいから」


 そう言いながらも蓮の表情はますます曇っていったが、浮かれている僕にはその変化が気づくはずもなかった。




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