第11話 テスト前
東京の夏は暑い。佐賀も内陸部で気温は高い地方で最高気温は佐賀の方が高いが、東京の暑さは別のきつさがある。
日の出が早く朝から暑いし、夜になってもヒートアイランド現象で暑さが残ったままで、一日中暑さに耐えなくてはならない。
7月に入り早くも夏バテを感じる体で登校すると、いつも通り教室の前の席に座り1限目の授業の開始を待っていた。
隣に誰か座る気配がしたので、蓮がきたのかなと思い振り向いてみると男子学生が2人座っていた。
「やあ、田島君。今日、夕方何か用事あるかい?」
「いや、特にないけど」
二人とも顔は見たことあるので同じ理工学部の学生だと思うが、やけに馴れ馴れしい感じで話しかけてきた。
「今月末のテストなんだけど、微分と代数の過去問、先輩からもらったんだけど、答えが分からないんだ。良かったら一緒に勉強しない?あっ俺のこと知ってる?俺、若林翔太。よろしく」
「俺は筧。」
若林と筧は両手を合わせて拝むようにお願いしている。正直、過去問があるのは僕としても助かる。
「いいよ。どこでするの?」
「5号棟の303の教室。竹山さんから聞いたけど、田島君のノートわかりやすいんだってね。先にコピーしておきたいから、借りておいてもいい?」
「あ、いいけど」
「じゃ、これ過去問のコピーね」
若林は僕からノートを受け取ると、歩きながらパラパラめくり「確かにすげ~」と口にしながら去って行った。
「おはよ。珍しく、他の学生と話してたね」
若林と入れ替わりに、蓮が隣に座った。
黒のレースのトップスが夏らしく涼し気であり、官能的にも感じる。
蓮はちょっと前に来ていたみたいで、先ほどの若林とのやり取りを見られていたみたいだ。
「一緒に勉強しようって誘われた」
「友達出来て、良かったね」
「この前みたいに利用されるだけだよ」
自嘲気味に答えながら、自分の心に予防線を張った。
わかっている。この前竹山さんたちのレポート作成を手伝った時と同様に、利用されるだけで、遊びに誘われるような友達関係ではない。
それでも入学以来蓮を除けば、誰とも話すことがなかっただけに誘われたのは嬉しい。
4限目の講義を終えると、まだ暑さの残るキャンパス内を歩いて若林達が待つ5号棟へと向かった。
303の教室に入ると、学生たちが数名ずつグループに分かれて勉強していた。
教室を見渡しながら若林を探していると、教室の左川から自分の名前を呼ばれる声がしてきた。
「田島、こっちだよ」
若林が手招きしている。若林の隣に筧の姿も見えた。その二人のほかにも、女子学生の後姿が見えた。
「お待たせ」
「田島君、今日はよろしくね」
女子学生はこのまえ一緒に勉強した、松田さんたちのグループだった。
「翔太が田島君と一緒に勉強するっていうから、私たちも混ぜてもらうことにしたの。翔太、勉強ではあまり頼りにならないから」
「うるせー。綾香だって授業真面目に受けてないから、テスト前が大変になるだろ」
竹山さんと若林の痴話げんかを聞きながら、二人の関係性はなんとなく想像がついた。
そんな二人の横に大人しく梅野さんが座っていた。
梅野さんとまた一緒に勉強できることに胸が躍る。
「やることいっぱいあるんだから、始めましょ。田島君はそこに座って」
松田さんが指さしたのは空席になっていた、梅野さんの前の席だった。
これなら教えながら梅野さんを自然な感じで見ることができる。
「過去問見せてもらってけど、微分は二階微分方程式は毎年出てるみたいで、代数の方は集合とベクトル方程式が毎年出てるみたいだね」
「そりゃ、俺だってわかるけど、どうやって解くの?」
「それはね、まず基本解を決めて三角関数を合成して……」
僕がノートに計算式をスラスラと解答を書いていく姿を見て、若林と筧が「すげ~」「天才かよ」と驚嘆とも感嘆ともとれる声をあげた。
「って、授業でやったろ?」
「授業真面目に聞いてないし。田島君がいて助かる」
授業を真面目に受けていないことに悪びれる様子はなく、筧は僕の解答を写し始めた。
そのあとも若林達の質問に答えながら過去問を解いていく。
「あっ、そこは式をこんな感じで変形すると、公式が使えるようになるよ」
梅野さんが困った表情で手が止まっていたので、助け船を出してあげた。
「田島君、頭いいんだね。羨ましい」
「それほどでも」
恋心を寄せている梅野さんから褒められて天にも昇る心地になり、思わず顔の表情が緩みそうになるのを必死で堪えた。
授業を真面目に受けていないとはいえ、難関大学に入学するだけのことはあって若林達の飲み込みは早く、7時ごろには終わりが見えてきた。
「お腹すいたな。今日はここまでにして、何か食べ行くか?」
「そうだな」
若林の提案に筧が応じたところで、解散ムードが漂ってきた。
僕としてはまだ梅野さんと一緒に居たかったけど、この調子だとまた一緒に勉強できそうなのでさほど惜しくはない。
「じゃ、僕は帰るね」
この前のように露骨に仲間はずれされるのは辛いので、早めにその場を離れることにした。
「田島君、何か用事あるの?一緒に行こうよ。今日のお礼に奢るよ」
若林が帰ろうとする僕を引き留めた。女子グループの3人も一緒に行くような雰囲気だ。
奢ってもらえるし、梅野さんとも一緒に居られる。僕に断る理由はなかった。
大学近くのファミレスまで歩いて店内に入ると、夕ご飯の時間帯ということもありにぎわっていた。
数分待った後、6人掛けの席へと案内された。
男女がそれぞれ3人ずつ並んで座り、筧が「合コンみたい」という冗談を飛ばした。
ファミレスの平凡なメニューだが、みんなで談笑しながら食べる食事は美味しい。
「ところで、田島君、麻雀できる?」
「ゲームでならやったことあるけど」
「じゃ、今度いっしょにやろ。テストが終わったら、誘うから」
若林が気をきかせて僕に話題を振ってくれている。茶髪にチャラい服装で、いかにも軽薄そうな奴だが、意外といい奴なのかもしれない。
「みんな仲良さそうだけど、同じ高校なの?」
打ち解けてきた雰囲気に乗じて、思い切って僕の方から話しかけてみた。
「俺と綾香と松田さんは同じ高校かな」
若林はこの大学の付属校の名前を挙げた。
「田島君は、出身はどこなの?」
「佐賀だよ」
「佐賀ってどこにあるの?」
「福岡の隣だよ」
福岡の隣と言ってようやくどこにあるかわかってもらえた。改めて佐賀の知名度のなさを実感した。
「俺は埼玉」
筧が聞いてもないのに答えいる。おかげで残された梅野さんも答える流れとなった。
「私は、群馬」
少し恥ずかしそうに梅野さんが答えた。同じ知名度の低い県なので、その気持ちはわかる。
「群馬って、いつも茨城と栃木とごっちゃになるんだよな」
笑いをとろうと茶化すように言う若林に、梅野さんが群馬の良さを語り反論する様子をみて、みんなが笑う。
梅野さんのことも少しわかったし、みんなの輪の中に入れてもらえたのが嬉しかった。
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