第10話 ちゃんぽん
日が暮れると昼間の暖かさがなくなり、涼しいを通り越して寒さすら感じるなか、
これを機に蓮以外の友達、あわよくば女子と仲良くなって付き合えるかもと期待に胸を膨らませて意気揚々と大学に向かった昼間とは反対に、期待が外れた失望感をかかえトボトボと歩く帰り道は押している自転車が重く感じる。
商店街に差し掛かったところで、蓮が立ち止まり僕の方を振り向いた。
「夕ご飯、ボクが作るから一緒に食べよ。今日お母さん、学会に行って帰ってこないんだ」
「うん」
「じゃ、そこのスーパーによってから、直人の家に行こう」
蓮と一緒に商店街にあるスーパーに入ることにした。
蓮は何を作るのか決めているようで、僕が持っている買い物かごに、蓮が豚肉、ニンジンやもやしなど迷うことなく食材をポンポンと入れていく。
「蓮、何を作るの?」
「ちゃんぽん。懐かしいでしょ」
ちゃんぽんといえば長崎だが、佐賀は長崎の隣ということもあり佐賀県民もちゃんぽんはよく食べる。
正直食欲はなかったが、東京に来てからまだ食べていないちゃんぽんの名前を聞いて少し食欲がわいてきた。
「でもちゃんぽんって、
「大丈夫。任せておいて。直人の家って、オイスターソースと鶏ガラスープってある?」
「鶏ガラスープはあるけど、オイスターソースなんて洒落たものはないぞ」
「じゃ、買っていこ。オイスターソースあると便利だよ。野菜炒めにちょっと入れただけで、本格的な味になるよ」
にっこりと僕に微笑みながら、蓮はオイスターソースを買い物かごに入れた。
僕の部屋に入ると蓮は手際よく冷蔵庫に買ってきたものを入れ、慣れた手つきでゲームの準備を始めた。
「今日はこれからやろう」
蓮が格ゲーのソフトを選び、ゲーム機の電源を入れた。先ほどのことがなかったような、いつも通りが今日のような日にはありがたい。
「えい!おりゃ!」
隣でプレイしている蓮の威勢の良い声が聞こえてくる。
水色の上品なワンピースをまとっている姿には似つかわしくないが、きっとそうやって無理やりにでも盛り上げて落ち込んでいる僕を励まそうとしていると思うと、心配かけたことを申し訳なく思ってしまう。
「あ~ダメか。格ゲーは直人の方が上手いな」
「他にやることもないから、毎日やりこんでるからな」
「そろそろ、お腹すいたから夕ご飯作ろうか?」
蓮がゲームのコントローラーを置き立ち上がると、キッチンの方へと向かっていった。
冷蔵庫から先ほど買ったものを取り出し、夕ご飯づくりを始めた。
「エプロンないけど、大丈夫か?これでも着る?」
料理中に蓮の服が汚れるのを心配した僕は、寝巻として使っているジャージの上着を渡した。
「ありがと。ちょっと大きいかな。あっ、ひょっとしてボクの萌え袖見たかった?」
蓮が袖口から指だけ出しながら、僕の方に見せた。その可愛さに思わずキュンとしてしまったが、蓮が男であることを思い出し首を横に振った。
「ボクの萌え袖の良さが分からないなんて、直人もまだまだお子ちゃまだな。まあ、いいや。すぐにできるから、テーブルの上片づけておいて」
一人暮らし用の狭いキッチンでは手伝うこともできず、言われた通りゲーム機を片づけテーブルを拭いた。
キッチンの方からは野菜を炒める音とともにいい匂いがしてきた。
数分後、「お待たせ」という声とともに蓮が鍋ごとテーブルに運んできた。
「丼が一つしかなかったから、鍋からとりながら食べよ」
蓮が茶碗によそってくれたちゃんぽんに口を付けた。
「美味しい。お店のちゃんぽんみたい。スープの素なかったのにどうやった?」
「鶏ガラスープにオイスターソース入れて、牛乳を足しただけだよ。即席だけどそれっぽくなるだろ」
牛乳を使ってちゃんぽんを作るとは思ってもみなかった。確かによく味わってみると牛乳の風味は感じられるが、全体としては豚骨スープのちゃんぽんのように仕上がっている。
「ところで、直人、梅野さんのこと気に入ったでしょ」
「ゴッフォ!」
図星をつかれて思わず、むせてしまった。
「その反応はやっぱり。直人、変わってないね。昔から好きな女の子がいると、チラチラ見てたもんね」
さすが小学生を一緒に過ごした仲。蓮の前では隠し事はできない。
「まあ、そうだけど、今日の感じじゃ脈なしだな」
「まあ、そうとも限らないんじゃない」
蓮はちゃんぽんの麺をすすりながら、意味ありげに答えた。髪の毛を耳にかける仕草が妙に色っぽく感じてしまう。
「どういうことだ?」
「まあ、それは自分で確かめてみなよ。あ~、美味しかった」
食べ終えた蓮は箸をおくと、そのまま横になってしまった。
僕も午前中はバイト、午後はレポートと肉体的にも精神的にも疲労がたまっていたところにお腹が満たされたので、ベッドに腰かけたまま何もする気にもならず、横になっている蓮を見つめた。
無防備な姿で横になっている蓮。色艶の良い黒髪、透明感のある肌、すっぴんではなく派手でもなく施されたメイク、まさに清楚可憐や大和撫子という言葉がぴったりとあてはまる。
「うん、僕の顔に何かついてる」
僕の視線に気づいた蓮が目を開けた。
「いや、可愛いなと思って」
「なんなら、ボクと付き合っちゃう?」
「いやいい、だって蓮、男だろ」
僕が答えると、蓮は寂し気な笑みを浮かべた。
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