第9話 レポート

 午前中バイトを終え大学にいってみると、いつもより少ないとはいえキャンパス内は学生であふれかえっていた。

 授業ではなく部活かサークル目的できている学生たちは、みんな和気あいあいと楽し気な表情をしている。

 

 そんな華やいだ雰囲気の中、僕は図書館から借りてきたレポートの参考になりそうな本を両手にかかえ自習室へと向かっていた。

 自習室へと入ると学生たちのグループが数組いて、その中に蓮と蓮とレポートを一緒にすると約束した女子3人の姿をみつけた。

 4人ともまだレポートには取り掛かっておらず、雑談で盛り上がっているようだ。

 その楽し気な様子に僕が声をかけるの躊躇してしまいそうになってしまう。


「あっ、直人」


 僕の姿に気付いた蓮が声をかけてくれた。


「遅れて、ごめん」

「私たちも今来たところ。さあ、レポートどれからやる?線形代数?微分?簡単そうな情報システムから片付ける?」


 蓮が各講座の教科書を見せながら聞いてきた。

 各講座でレポートが重なってしまって、来週の講義までに情報システムのレポートと線形代数と微分入門の演習問題を終わらせないといけない。


「情報システムはノート見せてもらえればできそうだから、わからないと解けない演習問題の方がいい」


 一番右側の席に座っていたショートカットの女の子の一人が、手をあげて言った。


「あっ、それならそうしようか?問題数多い、微分の方からしようか?」

「今話した子が松田さんで、真ん中が竹山さん、左側が梅野さんね」


 微分の教科書を取り出している僕に、蓮が小声で女子3人の名前を教えてくれた。

 同じ学部ということで顔は知っていたが、名前は知らなかったので助かった。蓮のさりげない優しさに感謝しながら、心の中で右から松田さん、竹山さん、梅野さんと復唱した。


「松田さん、どこからわからない?」

「う~ん、5番目の問題からちょっと自信がない感じ」

「あ~、その問題ね。ロピタルの定理を使えばいいよ」


 僕がノートをみせると、松田さんは写し始めた。


「田島君のノート、すごいね。板書されたこと以外にも、先生が言ったことまで書き込まれている」

「すごくわかりやすい」


 松田さんと竹山さんが僕のノートを見た後、称賛の声を上げてくれた。

 お世辞だとしても、大学入学以来初めて僕自身の存在を認めてもらえた感じがして嬉しくなった。


「コピーしてきていい?」


 3人で見るには不便を感じたのだろう、梅野さんが遠慮がちに尋ねてきた。


「いいよ。なんなら、ついでに線形代数のノートもコピーする?」

「ありがとう」


 梅野さんが優し気な笑みを浮かべて僕のノートを受け取り、自習室を出て行った。


「田島君って、真面目だよね。いつも前の席で、居眠りすることなく授業受けてるし」

「ノートもきちんと書いてるし、エラいよね。ウチらなんて、板書写すのすら面倒だからって、スマホで撮影してるし、授業聞かずにおしゃべりしたりスマホ見たりしてるのにくらべて、ほんと真面目」


 竹山さんの自嘲気味ながらも真面目な僕を茶化すような話し方に、なんとなく真面目に講義を受けているのを馬鹿にされている気もするが、無視され続けてボッチよりもはるかにましだ。


「お待たせ、松田さんと竹山さんの分もコピーしてきたよ」

「ありがとう」

「田島君、ノートありがとうね」


 コピーを終えた梅野さんが他の二人にコピーを配り終えると、僕のノートを返してくれた。

 その上目遣いな視線にドキッとしてしまう。

 ばっちりメイクをしている他の二人とは対照的に、すっぴんな彼女はあか抜けておらず、あどけなくてかわいい。その素朴な笑顔は田舎からでてきた僕の心を掴み、ほぼ初対面というのに恋に落ちてしまった。


 そのあと演習問題とレポートは順調に進み、5時を回るころには終わりが見えてきた。


「あとは自分たちでできそうだから、家でやるね」

「じゃ、ありがとうね。また、お願いね」


 3人とも片づけ終わると、僕がまだノートをカバンに入れている途中なのに自習室から出て行こうとしている。


「このあとカラオケ行く?」

「行く行く」


 自習室から出てい行く松田さんと竹山さんの会話が、漏れ聞こえてきた。梅野さんだけが申し訳なさそうに、こちらに一礼したので手を振って見送った。


 わかっている。彼女たちの目的が、僕ではなく僕のノートだったことぐらい。蓮のおまけで呼ばれた僕に、この後一緒にカラオケ行く権利はない。


―—ピロリン!


 蓮のスマホに着信があった。

 蓮がスマホを確認した後、一瞬僕の方を見てけげんな表情を浮かべた。


「わかってる。蓮だけカラオケに誘われんだろ」

「よくわかったね」

「僕のことは気にせず、行ってきたらいいよ」

「行くわけないじゃん。ボクに直人と一緒にゲームすること以上に大事なことはないよ」


 蓮は僕の肩をポンと叩いた。




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