第8話 沙紀の過去

「それでは、情報システムの暗号化技術についてレポートを来週の講義までにお願いします」


 講師がレポート課題を出したところで、2限目の情報システムの授業は終わった。

 この講座はテストがない代わりに、レポートが多い。


「さてと、蓮、学食でも行くか?」


 学食に行こうと隣に座っている蓮に声をかけると、すでに蓮は3人の女子に囲まれていた。

 3人とも名前は知らないが顔に見覚えがあり、理工学部必修の子の講座を受けているから同じ学部なんだろうと思った。

 

「相澤さん、一緒にお昼食べよ」

「一緒にレポート書こうよ」

「ついでに相澤さんのメイクのやり方教えて」


 容姿端麗で清楚可憐な蓮は、男子からだけではなく女子からも人気がある。レポートの課題が出されるたびに、一緒にやろうと誘われている。

 以前までは、蓮って僕と違って人気があって羨ましいぐらいにしか思っていなかったが、ゴールデンウイークで一緒に朝まで遊んだあの日以来、蓮が他の人と仲良くしていると嫉妬に近い感情を抱くようになってしまった。


 小学校のころは、蓮の一番の友達は僕だった。そのポジションが他の人に取られると思うと、傍観するにはつらいものがある。


「レポート、一緒にやろうって丸写しするのが目的でしょ」

「バレた?」

「少しは自分で考えないと身に付かないよ」

「わかったからさ、今度はきちんと真面目にやるよ。でも、合ってるかどうかわからないから一緒にやろうよ」

「仕方ないな。田島君も一緒でいい?」


 先に学食に行って席でもとっておこうとその場を離れようとしたが、突然自分の名前が出てきたことで足を止めた。


「え~、田島君も~」


 蓮がボッチな僕を心配して仲間に入れようとしてくれたが、女子たちが不満そうな表情を浮かべている。


「直人、あっ田島君、授業のノートもきれいにとっているし、レポートの書き方も上手なんだよ」


 蓮に過剰なまでに褒めてくれたこともあり、女子たちは役に立ちそうだと判断した結果、僕の参加を許してくれた。


「直人も、みんなと一緒にお昼ご飯行く?」

「いや、やめておく」


 一緒にお昼にも誘われたが、メイクの話題で盛り上がっても僕は取り残されるのが目に見えているため辞退することにした。


 蓮からいつも作ってもらっているお弁当を受け取り、ひとり学食へとむかった。

 いつも通りカレーを購入した後、窓際の席に一人座った。

 久しぶり一人で食べるお昼ご飯はちょっと寂しくあったが、昔と違って蓮の作ってくれたお弁当がある。

 カボチャやブロッコリーの蒸し野菜サラダを食べながら、遠くの席で女子たちと仲良く話している蓮を眺め、心の中で「蓮、ありがとう」とお礼を言った。


「あら、今日は一人なの?」


 カレーを半分食べ終わったところで、沙紀から声を掛けられた。


「ああ、蓮はあっちの女子グループと一緒に食べている」

「田島君も一緒に食べればよかったのに」

「なんか、女子は苦手でね。何話したらいいのか、わからない」

「そうなの、私といるときは普通なのに」


 それは僕にもわからなかった。最初は緊張したものの、徐々に打ち解けることができた。他の女子も同じように話しているうちに仲良くなれそうな気もするが、沙紀のように打ち解けるイメージがわいてこず躊躇してしまう。


「まあ、いいや、隣空いているでしょ。一緒に食べよ」

「いいけど」


 沙紀が僕の隣に座り、お弁当箱を広げた。沙紀と一緒にお昼ご飯が食べられて嬉しいけど、他の友達と食べなくていいんだろうかといらぬ心配をしてしまう。


「この前私が帰った後、どうだった?」

「朝までゲームしながら盛り上がったよ」


 帰りがけに手を出すなと念を押されたこともあり、過去を話した蓮が甘えてきたので、ギュッと抱きしめたのは内緒にしておいた。

 あれは単なるハグだ、抱きしめただけで何もしてない。やましい気持ちはないはずだが、なんだか後ろめたい。


「そう、それなら良かったけど、蓮ちゃん、何か言ってた?」

「いや、別に」


 カレーを食べ終わり水を飲みながら、次の話題を考えているが文系の女の子が喜びそうな話題が思いつかない。


「蓮って、高校時代もあんな感じで人気だったの?」


 視線だけ遠くの席で女子たちと仲良く話している蓮に送った。気の利いた話題は思いつかず、結局二人の間の共通の話題と言えば蓮のことしかなかった。


「そうだよ。同級生だけでなく、先生からも信頼されていて、スクールカーストの頂点って感じ。でもそれを鼻にかけることなくみんなに優しくしてるから、誰からも好かれていたよ」

「そうなんだ」

「私も、蓮ちゃんに救われたんだ」

「どういうこと?」


 沙紀はソーセージを食べ終えると、意を決した表情となった。


「私ね、中学のころは今みたいにあか抜けてなくてさ、やたらテンションの高いクラスメイトとなじめずに、本ばかり読んでいる、いわゆるボッチだったんだ、ほら、見て」


 沙紀がスマホを操作して沙紀の中学時代の写真を見せてくれた。

 今と違い眼鏡で、髪も簡単に後ろで一つにまとめているだけで、全体的な印象はクラスに一人はいる地味な女子という感じだった。


「休み時間に本読んでいたら、蓮が近づいてきて『私もその本好きだよ』って声をかけてくれて、仲良くなったの」

「そうだったんだ」

「今思うと、蓮はクラスになじんでいない私を憐れんで声をかけてきたんだと思うけど、そんなことを感じさせなかった」


 キャンパスライフになじめずいた僕に声をかけてくれたのと同様に、蓮は中学時代の沙紀に声をかけていたようだ。蓮らしいといえば、蓮らしい。


「そのあとね、蓮ちゃんに勧められて髪型変えてみたり、眉毛整えてみたら、急に男子からチヤホラされるようになっての」

「男子の悲しい性だね……」

「男子だけじゃなくて、女子からも話しかけられるようになって、生まれ変わったみたい。人間見た目じゃないって言うけど、見た目も大事だよ」


 最近、蓮が僕に「服買いなよ」と勧めてくる理由がわかった。


「だから、蓮ちゃんは私にとって大事な友達であり、恩人なの、だから……」

「だから?」

「まあ、いいや、また今度3人で遊ぼうね」


 食べ終わったお弁当箱を片づけると沙紀は去って行った。沙紀は言葉を濁していたが、沙紀に聞き返さなくても答えは分かっていた。

 沙紀も蓮の一番は自分でいたいようだ。



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