第5話 ゲーム大会
「直人、連休は何か予定ある?」
「蓮、わざと聞いているだろ」
僕に友達がいないことを知っている蓮が、揶揄うように連休の予定を聞いてきた。
「いや、バイトとか実家に帰るとかあるのかなと思って」
「バイトはまだ探し中だし、実家に帰るお金もないよ」
「じゃ、ボクんちに来ない?大学生らしく、徹夜でゲームしようよ」
断られるとは微塵も思っていない蓮が、僕の体を揺らしている。
「いいけど、蓮の家族は大丈夫なのかよ。徹夜でゲームして騒いでも」
「あっ、大丈夫。お母さん、連休は旅行に行っていないし」
「父親は?」
「あっ、ごめん。まだ、話してなかったね。ボクが佐賀から出ていくときに、親離婚したんだ。それで、お母さんと一緒に東京にくることなったんだ」
何気なく聞いてしまったが、まずいことを聞いてしまったようだ。両親の離婚、重たそうな話だが、蓮はあっけらかんとした表情だ。
「じゃ、決まりね。ゲーム機、持ってきてね」
5月の連休初日、僕は部屋を簡単に掃除した後、荷物をまとめて蓮の家へと向かった。
徹夜でゲーム、実に大学生っぽい行動に期待が高まる。
蓮と再会するまでは独りぼっちなキャンパスライフだっただけに、蓮の家に行く途中の電車でもソワソワと落ち着かない気持ちになってしまう。
「ここだよな」
蓮に教えてもらった住所をたよりにたどり着いたのは、30階はありそうなタワーマンションだった。
インターホンで教えてもらった18階の部屋番号を押すと、数秒後蓮の声が聞こえドアが開いた。
豪華なエントランスを抜け、エレベーターで18階まで上がると僕のボロアパートとは比べ物にならないきれいな廊下を通り、蓮の部屋のインターホンを鳴らした。
「来てくれて、ありがとう。さあ、中に入って」
紺地の小花柄のワンピースを着た蓮が、嬉しそうに手招きしている。
僕が入るのを見届けたあと、くるりと反転してリビングに向かい始めた蓮のワンピースのすそがふわりと舞った。
「すごいな~。このリビングだけでも、僕の部屋の倍以上あるよ。よくわからないけど、タワマンって高いんだろ」
「18階だから、そうでもないけどね」
「蓮の母親って何の仕事してるの?」
「医者だよ。美容皮膚科やっていて、結構繁盛しているみたい」
親のことなのに蓮は他人事のように答え、表情もどこか浮かない。
「ほら、ゲームしようよ」
リビングにある僕の家よりもはるかに大きいテレビに、ゲーム機を接続する。
「この大画面でゲームしてみてかったんだ。ゲーム機重いのに、持ってこさせてごめんね」
「気にしなくていいよ」
「沙紀ちゃんも後で来るって言ってたから、今日は思いきっり楽しも」
「沙紀さんも来るの?」
思いもよらない展開に驚き、作業していた手が止まってしまった。
沙紀が来るなら、もっと服装にも気を使って、手土産にケーキとか買ってくればよかったが、こうなってしまっては後の祭りだ。
「ダメだった?人数多い方が面白そうと思って誘っちゃった」
「沙紀さんって、ゲームできるの?」
「弟がいて、一緒にゲームしてるんだって。沙紀ちゃんも、楽しみにしてたよ。でも、さすがに徹夜は無理だから、夜には帰るって言ってた」
―——ピーンポーン
広いリビングにチャイム音が響き渡った。
「沙紀ちゃん、来たみたい」
インターホンの画面には、沙紀が映っていた。数分後、ゲームの準備が整ったところで、玄関のチャイムが鳴らされた。
「田島君、こんにちは。お菓子とジュースも買ってきたよ」
沙紀がお菓子やジュースが入ったビニール袋を持ち上げながら、無邪気な笑みを浮かべている。
黒のミニスカートに、水色のニットとシンプルなコーデだが、シンプルな分沙紀のかわいさを引き出している。
「ジュース、冷蔵庫に入れておくね」
「ゲームって何があるの?」
蓮がキッチンへと向かい、沙紀はテーブルに置かれた僕のゲームソフトを手に取った。僕の趣味で集めたゲームを見られると、僕の心が覗かれているようでちょっと恥ずかしい。
「あっ、これにしよ。これだと3人でもできるから」
沙紀がスゴロク方式のボードゲームのソフトを手に取り、キッチンから戻ってきた蓮にみせている。
「いいね。何年でやる?20年ぐらい?」
「まあ、それぐらいかな」
僕はソフトをセットして、ゲームの電源を入れた。
~数時間後
「あっ、また貧乏神ついちゃった」
むくれた表情で沙紀がコントローラーを投げ捨てた。15年目が経過したところで、僕が1位で、蓮が2位。その差はわずかだが、沙紀だけダントツの最下位に沈んでいる。
10年目を超えたあたりで差が付き始めて沙紀の機嫌が悪くなり始めたが、運に左右されるゲームのため手加減するのも難しい。
「まだまだ、わからないよ」
「ほら、今度は沙紀が目的地一番乗りじゃん、おめでとう」
なるべく機嫌をよくしてもらおうと、ことあるごとに褒めてみたが、沙紀の機嫌は良くならない。
「じゃ、他のゲームにしようか?せっかくだから、いろいろやってみよ」
蓮も不機嫌気味な沙紀の機嫌を取ろうとしている。
「うん。その前に、ちょっとトイレ行ってくる」
沙紀が席を外した。
「ごめんね。沙紀ちゃん、気分屋なんだよ。面白くないことがあると、すぐに機嫌がわるくなる」
「女の子の扱いって、大変なんだな」
恋愛経験どころか、女の子と遊んだことすらなかった僕には女の子の扱い方がわからない。
「でも、まあ、ああやって感情を表に出してくれる方がやりやすいよ。女の子の中には、表面上普通にしていても怒っている人とかいるから」
沙紀がトイレから戻ってきた。少しは落ち着いたのか、不機嫌な表情からいつも通りの笑顔に戻っていた。たしかに、蓮の言う通り感情の変化がわかりやすい。
「沙紀ちゃん、コーヒーいる?淹れようか?」
「あっ、ありがとう」
「直人は?」
「おねがい」
エスプレッソマシンが大きな音をたてると、コーヒーの良い香りが部屋の中に広がってきた。
「はい、コーヒーどうぞ。お持たせで悪いけど、沙紀ちゃんの買ってきたロールケーキ切って持ってきたよ」
蓮が持ってきたコーヒーとともに美味しそうなロールケーキを持ってきた。
「う~ん、美味しい。どこのお店の?」
「私の家の近くのお店で、地元では有名なんだよ。このお店のロールケーキ美味しくて子供の時から好きなんだ」
お気に入りのお店が褒められて、沙紀の表情はどこか誇らしげだ。
「ケーキ食べているときなんだけど、夕ご飯どうする?」
沙紀はロールケーキの生クリームを口についたまま尋ねた。そんな姿もかわいく感じるのは、好意をもっているからだろう。
「そうだね、ピザでもとる?それとも、デリバリー?」
「それもいいけど、久しぶり蓮の料理も食べたいな~」
生クリームをティッシュでふきとりながら、甘えた声で沙紀がおねだりした。その口ぶりだと、何回か蓮の手料理を食べたことがあるようだ。
「材料あんまりないけど、いい?」
「いいよ。蓮が作るのなら、何でもおいしいから」
蓮の手料理が食べられると喜んでいる沙紀の顔を見ると、僕はちょっと切なくなってしまった。
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