第4話 理系と文系

「すげ~、高い。富士山も見える」


 東京スカイツリーの展望室からは、天気がいいこともあって富士山もくっきり見えた。

 日曜日、蓮と沙紀と3人で遊びに行くことになり、東京にでてきて以来大学以外はどこにも行っていない僕を不憫に思った二人が、東京観光のガイド役をしてくれた。

 浅草の浅草寺、アサヒビール本社、ひょうたん池と定番コースを回り、スカイツリーにやってきた。

 今までテレビでしか観たことのない光景にはしゃぐ僕を、二人は子供を見守る母のような暖かいまなざしで見つめいる。


「次は、どうする?定番だと上野動物園だけど」


 蓮がそろそろもういいかなという表情で僕に尋ねた。


「上野だったら、国立科学博物館に行きたい」

「え~、私あまり興味ないけど。どちらかという、上野だったら美術館に行きたいな」


 沙紀が浮かない表情を浮かべた。やっぱり女の子と一緒にいるのに、博物館はまずかったみたいだ。美術館には興味はないけど、ここまで僕に合わせてくれたので、次ぐらいは沙紀に合わせても良いかと思ったら、蓮が子供のようなワクワクした表情で話し始めた。


「いいね、ボクも久しぶりに行きたいと思ってたんだ。沙紀ちゃんも行こうよ。楽しいよ」

「そうだね。せっかくだから、直人君の好きなところがいいよね」


 蓮が誘うとあっさり沙紀も博物館行きを受け入れてくれた。



 スカイツリーから国立科学博物館への道中、前を行く二人のチュールスカートが風で揺れた。

 一緒に買いに行ったという、色違いでお揃いのスカートは蓮はピンク、沙紀は水色を着ている。仲良く二人話している様子からは、いろんな意味で元恋人同士とは想像できない。



「これがフーコーの振り子か、すげ~」

「うん、ずっと見てられる」

「ただ、揺れているだけじゃない、何が面白いの?」


 博物館に入ると、すぐに地球の自転がわかるというフーコーの振り子を見に行った。ゆらゆらと動く振り子の動きを飽きもせずじっと見つめている僕と蓮を、呆れた顔で沙紀が見つめている。


「えっ?地球の自転が観測できるんだよ。すごくない?」

「すごいかも知れないけど、他にもいっぱい見るところあるんだから行こうよ」


 沙紀に促され名残惜しくフーコーの振り子から離れた。

 そのあとは、パンフレットに沿って恐竜の化石やダイオウイカの標本など見て回っていると、歩き疲れたのか沙紀が休憩しようと言ってきた。


 博物館内以外でも昼ご飯を食べた以外は、ずっと歩きぱなっしだった。

 観光地巡りでテンションが高い僕は気づかなかったが、蓮も少し疲れたといっている。

 休憩がてらスカイデッキに上がり、一休みすることにした。


「じゃ、ちょっとトイレに行ってくるね」

「あっ、ボクも行く」


 ベンチで休んでいる沙紀に言い残して、トイレへと向かった。

 

「直人と連れションなんて、小学校以来だね」


 蓮が何の抵抗もなく一緒に男子トイレに入ってきたことで、周りの人たちが驚いている。

 周囲の人たちが呆気にとられている間に、蓮はトイレの個室へと入っていった。


「蓮は気にしないのかよ」

「もう慣れたよ。最初はスカート履いて男子トイレ入るのが嫌で多目的トイレ探していたけど、面倒だし、車いすの人とか本当に多目的トイレが必要な人がいるから、ボクが使うのも悪い気がするから、最近はずっと男子用使っているよ」


 蓮は手を洗いながら、事もなげな表情で答えた。


「沙紀さんと仲良さそうだけど、本当に別れたの?」


 ベンチで待つ沙紀のところへ向かう途中、蓮に聞いた。

 別れたというのにおそろいの服を着たり仲良く話したりと、恋愛経験のない僕の想像する別れたカップルとは程遠い。


「中学で一緒のクラスになって仲良くなったんだけど、高校2年の時に告白されて、こんなボクでも受け入れてくれる人いるんだって嬉しくなって付き合い始めたんだ」


 過去のことはあまり話さない蓮が、懐かしそうに昔を振りかえっている。


「沙紀ちゃんと付き合えて、ボク自信が持てたんだ。沙紀ちゃんはいつもかわいいって言ってくれて、難しい言葉でいえば承認欲求とか自己存在の肯定感とかが満たされるようになった」

「それで、なんで別れることにしたんだ?」

「沙紀ちゃんがボクなんかと付き合って、他の男子のこと知らないなんて悪い気がしてね。大学に入ったところで、もう少し他の男子と付き合ってみたらいいよって言って別れることにした」


 嫌いになって別れたわけではないので、今もあんなに仲が良いみたいだ。

 

「ほら、夕日がきれいだよ」


 ベンチで待っていた沙紀が手を振って、僕たちを呼んでいる。無邪気な笑顔を浮かべている沙紀と、あっちで見ようと沙紀の手をつないでいる蓮との間に、蓮が語ったような過去があることを思いもよらなかった。


「キレイだね、夕日」


 夕日に照らされた蓮と沙紀の横顔が、一段とかわいく見えた。

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