第3話 蓮の友達

 1限目の情報処理入門の講義が行われる大教室に入ると、まだ学生のほとんどは着ておらず空席が目立っていた。

 出席をとらずテストもなくレポート提出のみで単位が取れるこの講座は履修生こそ多いが、実際出席する学生はおそらく3割にも満たない。

 

 今日も一人いつも通りに黒板の右斜め前の席に座った。カバンから、教科書とノートを取り出し、机の上に置いた時、隣の席に誰か来た気配を感じた。


「おはよ。隣誰かいる?」

「いるって、それ、お前わかってて聞いてるだろ?」

「バレたか。蓮がその席で、いつも一人なのは、あそこから見ていたよ」


 蓮は指で教室の上の席を指さし、ニタニタと笑った。

 蓮は紺色のスカートにしわが付かないように、お尻に手を当てながら僕の隣の席に座った。


「必修科目は全部一緒なのに、3週間も気づかないなんて、直人も鈍感だな」

「お前が変わりすぎだからだろ」

「ボクのことなんか、忘れていただろ。悲しい。ボクは、一日たりとも直人のこと忘れたことなかったのに」


 蓮が目の近くに手をあてて、泣く真似をした。気づけば教室中の注目を浴びていた。はた目から見れば、美女を泣かしていると誤解されても仕方ない。


「蓮、今日もゲームするか?」

「うん、しよ、しよ」


 蓮が笑顔にもどった。今までボッチで誰からも気にされることはなかったが、蓮と一緒にいると周りから自然と注目を浴びてしまう。

 

 2コマ目のドイツ語の授業を終え、教室をでるとキャンパス内は昼休みということでにぎわっていた。


「待たせた?ごめんね。中国語の第三講堂遠いんだよね」


 蓮が手を振って近づいてくる。

 第二外国語に中国語を選んでいる蓮からお昼ご飯を一緒に食べようと誘われ、食堂の前で待ち合わせていた。

 蓮の隣にはもう一人女の子がいた。


「初めまして、経済学部の中尾沙紀です」

「は、初めまして、り、理工学部の田島直人です」


優しく微笑みながら挨拶してくれた中尾さんに緊張してしまい、嚙みまくってしまた僕の姿を見て、蓮は笑っている。


「そんなに緊張しなくていいですよ。同じ一年生同士なんだから。沙紀って呼んでもいいよ」

「さ、沙紀さん」


 女の子を呼び捨てにするのも悪いと思い、さん付けしてしまった。


「沙紀ちゃんとは中国語一緒だったから、一緒にお昼に誘っちゃった。ダメだった?ひょっとして、ボクと二人きりが良かったの?」

「そんな訳じゃないけど、ところで、彼女って、蓮が男ってこと知ってるの?」


 蓮のそばによってから、耳打ちしながら小声で尋ねた。


「知ってるよ。同じ高校で、元カノだもん。ほら、高校の時の写真」


 元カノ?蓮の?理解が追い付かない僕に、蓮がスマホを差し出してきた。

 スマホの画面をのぞき込んでみると、今のゆるふわなパーマではなく黒髪の中尾さんと今と変わらない色艶の良い黒髪ロングのセーラ服姿の蓮と中尾さんが仲良く肩を組んで笑っている写真が見えた。


 蓮の恋愛対象は女性なのか男性なのかわからないまま、お弁当を持ってきたという二人に場所取りをお願いして、いつも通りカレーライスを買うことにした。


 二人はどこだろう?カレーをお盆にのせたまま混み合う食堂の中で、蓮と沙紀を探す。

 窓際の席に二人座っているのが見えて、カレーをこぼさないように慎重に移動していく。


「お待たせ」


 蓮と沙紀はすでにお弁当箱を広げていた。蓮の席の横に、もう一つ黒いお弁当箱が置かれていた。


「あれ、このお弁当箱は?もう一人来るの?」

「あっ、これ?直人の分、良かったら食べて」

「えっ、俺の?」


 蓮の横に座りお弁当箱を開けると、カボチャサラダにブロッコリー、ミニトマトと色とりどりの野菜が詰まっていた。


「毎日、カレーばかりだと栄養のバランスが偏るでしょ。遠慮せずに食べて」


 いつもカレーばかり食べているのを見られていたみたいだ。こちらは気づかなかったが、かなり早い段階で蓮は僕のことを見ていたようだ。


「いただきます。うっ、何?」


 ブロッコリーを口にいれた。ただ茹でただけかと思っていたら、口に入れると芳醇な出汁が口の中に広がり、想像と違った味に驚きを隠せなかった。

 

「ごめん。ブロッコリーの白だし漬けだけど、口に合わなかった」

「いや、びっくりしただけ。美味しいよ」


 そういうと安心したのか、蓮はほっとした表情に戻った。


「これって、蓮が作ったの?カボチャサラダも美味しいよ」

「そうだよ。隠し味にクリームチーズ入れてるんだ」

「蓮ちゃん、料理上手なんだよ。家庭科の調理実習とか、一人だけ完成度ちがったもん」

「ほら、親の仕事が忙しいから、家で毎日料理してるだけだって」


 蓮は手を振りながら謙遜しているが、高校生が毎日自分で料理を作るというあまりなさそうな家庭事情に、八年のあいだに蓮に何があったんだろうと心配してしまう。


「じゃ、ボクちょっと、お茶とってくるね。直人もいる?」


 ご飯を半分くらい食べ進んだところで、蓮がお茶のお代わりを取りに席を立った。

 今日初対面の沙紀と二人きりになってしまった。蓮が気を利かせて初対面の二人でも会話が弾むように話題を振ってくれていたが、蓮がいないと何を話してよいかわからない。


「あの、蓮って、いつからあんな格好するようになったの?」


 自分で口にしておきながら、自分の馬鹿さ加減にいら立ってしまう。

 正直好みのタイプの沙紀のことをもっと知りたくて、「趣味は?」とか「サークル何入ってるの?」とか聞きたかったのに、聞ける勇気がなく、つい共通の知人の蓮の話題を出してしまった。


「あんな格好って、女の子の恰好のこと?」

「うん。佐賀にいるころは、あんな感じじゃなかったのに、こっちで再会したらああなってたから驚いちゃった」

「中学の入学の時にはもう女の子になってたよ。1年の時は違うクラスだったけど、男子なのにセーラ服着ている子がいるって話題になってた。私も見に行ったけど、髪が長くてきれいで仕草も上品で、私憧れちゃった」


 中学入学の段階で髪が長いとなると、佐賀を出て行ってすぐ伸ばし始めたようだ。


「お待たせ。はい、直人の分」

「ありがとう」


 蓮が両手にお茶をもって帰ってきた。


「蓮、どうして女の子の恰好するように……」

「あっ、そうだ。今度3人で遊びに行かない?直人、東京に着てどこか行った?」


 僕の問いかけを無理やり遮るように、蓮が話題を変えた。

 

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