第2話 あっけない程、あの頃のように

「本当に、蓮なのか?」

「ああ、そうだよ。バレンタインデーにボクが入れておいたチョコレートを、女子から貰ったって嬉しそうに食べていたよな」

「ああ、食べたら激辛でびっくりしたよ」


 間違いなく、蓮だった。


「でも、なんで、そんな格好してるの?」

「なんでって、男がスカート履いたらダメなの?そんなに似合ってない?」


 蓮がおどけた表情で、スカートのすそを引っ張っている。


「似合ってないことはないけど、いや、むしろかわいい。ひょっとして、アレか?男子だと思っていた幼馴染が実は女の子でしたってやつか?」

「残念でした。そんなラノベみたいな話ある訳ないでしょ。嘘だと思うなら、ほら触ってみる?」


 蓮は股間の部分を指さした。僕に男子のイチモツを触る趣味はない。


「わかったよ。信じるよ。でも、なんでそんな格好するようになったんだ?」

「なんでって、カワイイからだよ。カワイイは正義だよ」


 『カワイイは正義』と強い口調で言い切る蓮の様子にどこか違和感を覚えた。


「まあ、それより、今日4コマ目の群論入門で終わりだろ?」

「そうだけど」

「だったら、直人の家行ってもいいか?昔みたいにゲームやろうよ。どうせ、友達いないだろ」


 いつも一人で講義を受けているのも見られていたみたいだ。


 その日、講義を終えるとまだ仲良く教室で雑談している学生を横目にいつも通り帰路についた。

 ただいつもと違うのは、横に蓮がいることだ。

 かわいい蓮が隣居ると周囲からの注目度がけた違いに高い。男子学生の嫉妬と羨望の混じった視線からは、「なんであんなにかわいい子と、ダサい男が一緒に歩いているんだ?」と心の声が聞こえてくる。


 大学から自転車を押しながら歩くこと10分ちょっと、築年数の古さを物語る外壁の汚れが目立つアパートが見えてきた。


「2階だよ」


 駐輪所に自転車を押し込み、キンコンカンと金属音を響かせて階段で2階へとあがった。ドアを開け先に蓮を部屋へと上げた。


「レディーファーストだね」

「レディじゃないだろ」

「まあ、そうだけど、女の子扱いしてもらえると嬉しいよ。で、やっぱり直人、きれいにしてるね」


 きれいというか殺風景な部屋を一通りみた蓮が、感想を口にした。


「散らかっているのは嫌いだから」

「几帳面なところは変わってないね。掃除の時間、男子はみんなふざけて掃除しないけど直人だけは真面目に掃除していたもんな」

「まあ、そうだけど。で、どのゲームする?受験勉強が忙しくて、最新のソフトはないぞ」


 段ボールからゲームソフトを取り出し、テーブルに並べた。どれも僕が小学生のころに発売されたものだ。古いとわかっていても、暇つぶしにはなるだろうと実家から持ってきた。


「ボクも最近、ゲームしてなかったからちょうどいいや。これ、やろ」

 

 そう言って、蓮はレースゲームを手に取った。さっそく、ゲーム機を起動させて、蓮にコントローラーを渡した。


 子供のころと同じように、僕は安定感重視のマシンを選び、一方蓮は速度重視のマシンを選んだ。


「懐かしいな。こうやって二人並んでゲームすると、子供のころを思い出す」

「あの頃は、楽しかったなって、あっ、喋ってたらコースアウトしたじゃないか」


 コースアウトして遅れた蓮を大きく引き離して、1回戦は勝利した。


「ヨシッ、今度は負けないぞ」


 前かがみでコントローラーを力強く握り気合を入れ直しようにみえた蓮だったが、2回目も3回目も僕が勝利した。

 僕が東京のきてからずっと友達がいないため大学から帰るとゲームしてばかりとはいえ、記憶にあった連はもう少し上手かったはずだ。


「連、そんなにゲームしてなかったのか?」

「そうだよ、九州からこっちに来てから一度もしてない」


 4回目にして昔の勘を取り戻したのか、競り合うレベルまでに連も上達を見せた。

 そういえば、蓮は昔から何でも器用にすぐにコツを掴んでいた。逆上がりも2,3回の練習ですぐにできていたし、縄跳びも2重飛びどころか3重飛びも余裕でやっていた。

 運動だけではなく、工作や作文も得意で市のコンクールで金賞をもらっていた。


 ゲームも家にゲーム機がないと言っていた割には、僕の家に着て数度やっただけでコツを掴んで上手くなっていた。

 余計な手加減は、蓮には不要のようだ。


 蓮が上手くなってきたこともあり、昔のように盛り上がりをみせた。

 友達と遊ぶ。久しぶりの感覚だった。友達がいない大学入学以前でも、中学高校と勉強ばかりの日々を送っていたので、放課後や休日に友達と遊ぶなんてことはなかった。

 

 楽しい時間はあっという間に過ぎるもので、気づけば日が沈み時計の針も7時を回っていた。


「じゃ、そろそろ帰るね」

「あっ、駅まで送っていくよ」


 蓮と一緒に過ごす時間が名残惜しく、駅まで歩いて10分ほどの時間でも一緒に居たかった。


「今日楽しかったよ」


 笑顔で手を振る蓮を改札口で見送った。改札口につながる階段を一段登ったところで、蓮がこちらを振り向いた。


「あのね、直人に『かわいい』って言われて嬉しかったよ」


 それだけを言うと、振り返らずに蓮は改札口へと歩みを進めた。




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