神様の神隠し

伊狛美波

0話 神と器はめぐり合う。上

 人の世が映っている大きな水鏡を見てなごみはため息をついた。


 なぜなら


「便利になってるじゃん! すっごく羨ましい〜〜〜!」


 人の世のあまりの便利さに羨ましくなっているからである。


 何せ、このは戦国時代に生き、江戸時代初期に死んだ元人間なのだ。当然、自身が体感したものは江戸時代初期で止まっている。


 はぁ。とため息をつき、水鏡みずかがみに映る人の世を見た。

 そこには、もう今では日本の定番になっている暖かくなる便座がついたトイレがあった。もちろん、人はいない。


「いいなぁ。今の厠は落ちる心配がなくて」


 生前の幼い頃、厠に行くたびに『姫様、大丈夫ですか』などと乳母に心配された。

 ……それでも何回か落ちかけたが。

 今となってはいい思い出だ。

 途端にさまざまな記憶が蘇り、目の奥が熱くなる。

 気のせいだ。と思い込みまた水鏡に視線を落とすと、神社の境内で駆け回る少年少女の姿があった。

 朗らかな太陽の光に照らされて少年少女を取り巻く空気は冬なのに春のような温かさを感じさせた。


 ゾクリ


 しばらく見ていると不快な感覚が和を襲う。

 神聖なこの空間に気持の悪い邪悪な気配が広がってる気がした。まるで透明な水の中に黒い絵の具が垂れて徐々に広がっていくような、そんな感じ。


「……っ」


 徐々に濃くなっていく気配に和の体は不調を訴えだす。

 目、胃……体の様々なところがぐるぐると回っている感覚に陥る。


(何が起こっているの)


 邪悪な気配の先、元凶の方を見つけ探る。

 我々神とは相反する存在。それがそこにはいた。


(な、なんであいつらがここにいるの。しかもこのタイミングで)


 口元を押さえしゃがみ込む。

 あいつらはどうやってここに来たんだ。

 神界に入るにはここの

 そして、この境界を監視・守護しているのはこの私だ。

 あいつらを入れた覚えなどどこにもない。

 つまり、あいつらはここにいるはずがないのだ。


(‼)


 突如、まとわりついていた不快さが一気に晴れていく。

 まるで暗闇に光がさすように。


(この気配は……あぁ、やっぱりそうか)


 視界にとらえた姿を見て確信する。


 天の世界を統べる神、天照大神アマテラスおおかみだ。


「無事だったか、和」


 そう尋ねて下さる天照様のお声はまるで春の太陽のように暖かった。


「無事でございます。天照様」

「そうか、ならよかった。童についていた神見習いは皆、邪気に充てられて眠ってしまった」

「あの子たちが? そんな」


 今朝、『いってきます』と笑いながら飯屋で別れた友たちを思い出す。

 まさか。まさか。まさか。


「安心しろ。皆じきに目が覚めるだろう……目覚めるまで100年といったところだろうな」


 青ざめている私に気づいたのか、天照様は優しく頭を頭をなでてくださる。

 家の縁側で日向ぼっこをしている時のような気持ちよさに心が落ち着く。


100年ならよかったです」

「ああ。でも、あいつらは……」

「天照様?」


 かつてないほどに天照様の眼光が鋭く、心なしか雰囲気は刺さる熱さをもっている。

 そのお顔はさっき私が見ていた場所を見ていた。


「……和、ひとつ頼まれごとをしてくれないか?」

「何用でもお申し付けください、何用も遂行致します。我が身にかえても」

「これをに」


 天照様は私の手に袋を渡す。いやでもその中身がわかってしまい、手が震える。

 熱いのに、手はどんどん冷たくなってく。


「なぜ、今なのです? まだあの子は……っ⁈」


 ぶわっと邪悪な気配がさっきの比じゃないほどに襲う。


「和、童は少しねむたくてな。もう、動けないほどに眠いんだ」


 そっと私の頬に触れ、天照様は微笑む。

 なにが起こるか、天照様は何をしようとするのかわかった気がした


「天照様、私が代わりになりますから、天照様が器の元に……!」

「和、頼む。あれの狙いは私だ。だから、わかるな? それに先ほど何用でも遂行するといったではないか」

「ですが、これは!」


 大きな影が私に落ちる。

 門が開く音がする。

 全ての音が遠く聞こえる。


「行け。何1000年もたてばまたあえるさ。器を頼んだぞ」


 そのまま、門に押しだされ私は境界へ入った


「あま、てらす……さま……!」


 気づけば私は話せなくなっていた。


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