井戸の底
ラッキー平山
井戸の底
井戸の底はこの世みたいに寒く、あしたみたいに狭く、それはもう、きのうのことのようだ。
今夜はこんな井戸の出来る、はるか数億年前、まだ七つも月があったころのお話。七つの月が立ち並び、どれも満月だった。欠けていようが、お日様だろうが、おまえだろうが、私だろうが、たとえ死神でも、なんだって誰だって、満月でかまわないのだった。
なぜなら、この世が狂ってしまい、「歯車みたいにかみ合わそう」と、世界中の弁護士が、どんなにか頑張ったが、彼らがどんなに耐え抜いても、消滅しても、ゴッコでも、ものの見事に万物の仏頂面でしか相対性理論なかったのだ。
「ほら、般若」
そして全ては、またたくまに平家物語になった。斬られた将門の首がすっ飛び、目の前で優雅に見物していた大将軍の首筋に噛みついた。まさに壇ノ浦よりも、日本海溝ほども深い怨念、怒り。なのに、その場はみんなでニコニコお茶会だった。それが現実なのです。知っていましたか?
「歴史の先生、あんたバカなんじゃねえの?」
そして、それらの屍は、そのまま月下で野ざらしの、顔は見たこともアザラシでした。
「アザラシって、戦国の世に、いったいあんたナニ言ってんダヨッ!」
そう怒るなよ、叱るなよ。まったく歴史の先生は、まるで頭がシャンパンなのさ。コルクだから壁に投げて、ぶち割らなきゃ始まらないんだ。祭りも、滅びも、終幕もな。
だからって、壁に飛び散ったアナタをいちいち舐めるなんて、未練たらしすぎる。マウントゴリラ。
「モラハラだ! 体罰だ! 虐待だ!」
そういやオランウータンは、すごい腕力だってね。全人類の右腕だったかもしれないアレを、力まかせに引き抜いて、骨も、細胞も、血管も残らなかったというのに、前頭葉は怒らなかったという話さ。
講義は終わり、月が出た。
かくして、このワタクシは、この陰鬱なる古井戸の底で、水は誰かさんの涙しかなく、それすら乾き、枯れ果ててしまったこのユートピアの、たったひとりのドブネズミの死体なのです。
腐らない、なぜか。分解されない、どうしてか。なんてむくろの、愉快でいい加減なげっ歯ストーリーが、今ここで展開される!
げっ歯ストーリー「愛憎・愛想・相思相愛憎」
「害虫駆除ならおとといで、絶望死ならあしただ。それでどっちがいい? 選ぶなら
いつまでも生きていたい、贅沢でも。
すぐ愛するので別れる。あっという間に好きになるので困る。
言われ放題。ゆるみ砲台。つまんねえ邦題。
そんなに言うなら、いまどき時限爆弾。いまさらコードを切れ。赤か緑のどっちかだ。
まごまごしてるとあと一分。全員死ぬまで躊躇して、全員死んだ。なのに、その場で確認したのは誰だ?
『ぼくだよ、悪魔だよ。ほら見て、月がコウモリだ。いくら吸血鬼でも、地球のほうがでかいのさ』
すぐ愛して、すぐに愛して、さっさと愛して、さっと愛して。
去ったあなたは、承認欲求とか、自己愛とか、言われても仕方ない。けど今も好き。
もういちど愛してください。いまいちど愛をください。
『毎度毎度めんどくせえ。そんなさびしいこと言ったって、どうせすることはするくせに』
でもある日、死んじゃったよ。舐めてたかをくくってると、人生ってこんなだね」(「愛憎・愛想・相思相愛憎」終)
井戸の底は、この世みたいに凍え、ぼくのなくした両目の穴から、よく見える月たちは、かたっぱしから満月だった。
井戸の底 ラッキー平山 @yaminokaz
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