第6話

 この世界は魔力値がいかに高いかで強さが決まる。

 もちろんスキルや魔法も大事ではあるが魔力値さえ高ければゴリ押せる部分があるのだ。


 魔力とはダンジョンが発生させる魔素が人体の中にある状態のものを言う。

 血液と同じように体中を巡り、スキルや魔法を行使するエネルギー源なのだ。


 魔力値はモンスターを倒す事で徐々に上がっていく。

 強いモンスターを倒せば大幅に上がるし、一説ではダンジョン内で暮らすだけでも上がるそう。

 しかし人族は最弱なため、ダンジョン内では到底生きていけない。

 そして一番強い種族…それは竜人族だ。


 人の子のように魔力測定をする法などない竜人族だが、研究家の出す平均値は幼子でも10000を凌駕する子がいるそう。

 成人であれば50万を超える英雄もいて最強の名をほしいままにしている。


 だから…この僕のステータスはバグっているのだ。


「………見間違いじゃない…よね」



 魔力増強剤を作れるようになってから2年。

 毎度お金を借りるのは罪悪感があったため半年ほどは金策に従事した。

 ただ思いの外というか2歳の言う事など信じてくれる人などおらず、取引すらまともにできる状態ではなかった。

 そこで、ある人を味方につけようと考え、親の目を盗んで探索者協会に行った。


 僕はマイナーな初級や中級ダンジョンで手に入る価値の高い武器や防具、アイテムは熟知している。

 それらに頼らなければとても探索などできる魔力値ではなかったから。


 そして僕の金策計画はこうだった。


 初めて探索者協会に行った時にお世話になった女性、上川 ゆいさんにちょっとした取引を持ちかけた。


 もちろん2歳の言うことなど信じてくれないだろうからちょっとばかし魔力値を増やして、僕が特別な存在だと思ってもらうことにしたのだ。


 そして魔力値600の2歳児など過去に一人も存在しない超優秀な子どもとして取り入ることに成功した。


 ここからはもう簡単だ。

 僕が探索者協会にダンジョンの隠し部屋について教える。そして協会専属の探索者がダンジョンに行く。見つけた利益の10パーをもらう。

 ただそれだけ。

 もっと貰ってもいいだろうけど隠し部屋というのはかなりのお宝があり、10パーだとしても500〜1000万ほどはもらえる。

 今必要なのは2年分の増強剤を作るためのお金だけなのだ。



 あとは取引の書類や口座開設…あれやこれやはゆいさんが独自にしてくれたみたいで本当に感謝している。

 両親にも少しぼかしてはいるが息子に才能があること。その才能を伸ばす手伝いをすることという名目で僕が探索者協会に通えるようにしてくれた。


 そして増強剤を苦もなく手に入れることができるようになり2年…


 鷹倉 王人 4歳


 魔力値60350


 スキル

 ブーメラン

 神眼

 大地の権能



「……化け物になりました」



 こうなったのには訳がある。

 前世で開発された魔力増強剤はリンガにオーブと小魔石を融合させるものだったが…小さな子どもが大量に摂取するには効率が悪すぎた。

 だから飲み物版に改良したのだ。

 そしてこの2年…腹を毎日壊しながら摂取しまくっていた。


 それはもう朝起きて何も考えなくとも無意識で飲んじゃうぐらいには飲んでた。

 一種の趣味みたいにずっと繰り返した。


「…よし。これなら…」


 僕が5歳になった翌日に起こる、モンスターパレードでみんなを救えるかもしれない。

 期間はあと1ヶ月。


 できることはしてきた。

 魔力動作も良好。いつでも前世と同じように使えるように訓練してきた。

 焦らずに…今の僕ならできる。


 たとえ上級のモンスターパレードでも…!


「何震えてるの?お漏らししちゃったの?」


「…ちがうよ…武者震いしてたんだよ」


「っそ。はぁーぁ。なんで王人と留守番なんだか…」


 今はお姉ちゃんと家で留守番中だ。

 両親は用事があるとかで出掛けて行った。


 そういえば姉は12歳になり、お子様感がどこかへいった。

 体も成長してきて…最近では女の子の日もきたみたい。

 全体的に美少女に成長したわけなんだけどやはり性格は変わらず…いじめるのが楽しくてしょうがないらしい。


 そして4歳になった僕も結構成長した。

 艶のある黒い髪に健康的なすべすべお肌。

 よくも悪くも姉に似た顔。


「性格は僕の方が100倍ましだけどね!」


「……誰と比べたのかなぁ?」


「…別に…」


「隠さなくてもいいよ?性格最悪なの自覚してるし?ほらっ、早く部屋の掃除しなさいよばか王人」


「くそ姉貴め…」


「姉貴じゃないでしょ。お姉ちゃんって可愛く言ってみなさい」


「やだよ気持ち悪い」


「はーいポチー、餌の時間よー?」


 そう言った姉の手には大事な大事な魔力増強剤。

 それを何の躊躇もなく廊下へと投げる。


(こいつ…!本当に今日という今日は許さないぞ…!やっていいことと悪いことの区別も…!)


「ワンっ!」


「はーいえらいえらい♪ あんたにはその激まず飲料がとても似合っているわ」


 皮肉だろうけどそれは褒め言葉だ。

 この激まず増強剤がどんな効果かも知らずに…。


(お前はもう魔力は増えねぇんだよばかが!くははは!)


「ぁいってっ!」


「ムカつく顔してたわ。それよりあんた幼稚園はどうするの?」


「んー、行かないと思うよ」


 現代の子どもは主に二つの道に別れることができる。


 特殊と一般だ。


 ダンジョン関連の将来を目指す人は特殊の方になり、その分野の英才教育を受けることができる。


(まぁ両親がなんて言うかわからないけど…)


 普通の生活を送らせてあげたいと願うのは当たり前のことだ。

 ダンジョンを選べば死が隣り合わせになる。

 それは親も望まないことだろう。


 ちなみに姉は一般だ。

 普通に幼稚園に通い、小学校に行って、次は中学校と進学していく。



「…特殊……ね。まぁ、道はともかくパパもママもあんたがいるだけでいいんじゃないの」


「……ははは」


(すんません…!特殊は特殊なんだけど…超がつく特殊というか…!)


 僕は1ヶ月後に迫る戦いを乗り越えたら………死ぬつもりだ。死ぬとは言っても実際に死ぬわけじゃなくて…死んだことにする。そして…ダンジョン内のとある村に行くつもりだ。


「…なんか企んでるわねぇ?」


「…いやいや。お姉様、何を…」


 知らない。

 なんも企んでない。


「…そう、まぁこれからも私の下僕だから勝手にいなくなったら…どうなるかわかってるよねぇ?」


「…ぁい」



 ………いなくなる前にすみれの電子機器全部ぶっ壊そう。




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「お誕生日おめでとー!!!」


「あ、ありがと…」


 夕食後、食卓には1ホールのショートケーキがあった。

 それを四人で囲い、5本のろうそくの火を一息で消す。



「王人にプレゼントがあるの」


 そう言って母が渡してきた物には見覚えというか懐かしさがあった。


 前世でずっと一緒だった…家族との唯一の繋がり。死ぬ時まで肌身離さずつけていた物だった。


「ふふっ、この前お姉ちゃんのペンダントじーっとみてたでしょ?欲しいのかなって思ってお揃いの用意しちゃった」


 お揃いという言葉に嫌悪の表情を一瞬出したすみれだが、欲しかったのは本当だ。


 なんでお姉ちゃんが身につけているのか不思議に思ったことがあった。

 あれは僕のだぞと年甲斐にもなく奪ってやろうかと思ったこともあるが…お揃いだったとは思わなかった。

 前世では知らなかった、覚えていなかったことの一つ。


 ペンダントを開けるとそこには家族写真が入っているのだ。

 前世と変わらない写真とペンダント。

 こうやって渡されたんだと…感慨深く思っているとなぜか込み上げてくるものがあった。


「…ぐすっ…」


 34にもなって溢れてくるものが止まらなかった。

 たぶん、ちゃんと一緒に過ごす最後の夜になる。そう思うと、この憎たらしい姉ですら少しだけ愛おしく思えた。


「あれれぇ?なんで泣いてるのぉ?大丈夫?涙拭こうか?」


 言葉では心配していると思わせ、両親には見えないようにニタニタ笑顔で聞いてくる彼女はやはりサイコパス。


「…ありがとう」


 ずびぃぃぃっと姉の優しさと服の袖を借りて鼻をかみ、涙を拭く。


 こめかみがピクピクと動くのはブチギレの合図だ。

 このあと親がいなくなった時、僕には酷い仕打ちをしてくることだろう。


「い……いいえ……」


 うん。確実に怒ってるわ。

 まぁそんなことはどうでもいい。


 貰ったこのペンダントは肌身離さず今世でも着ける。これがないとなんだか違和感があったぐらいだから。


(よしっ…)


「みんなありがとう」



 楽しく談笑しながらケーキを食べて、最高の思い出になった日だった。

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