第3話


 えー、、、


「2ちゃいになった」


 この通り言葉なんて楽勝でお使いだって一人で行けてしまう。トイレも一人でできるしご飯もこぼさずに食べられる。姉を回避する方法も覚えている。

 それにようやく僕は自由を手に入れた。


 あまりにも出来のいい息子すぎて母さんは日中在宅で仕事をするようになった。目を離しててもいい子すぎるし散らかさないから安心だとでも思っているのだろう。

 そして今日、2時間ぶっ通しでリモート会議が行われる。


「くふふふ…!すまにゃいかあさん。いい子そつぎょう」


 今日僕は!


 外へと一歩を踏み出す!


 たくさん準備をした。

 前世の記憶と場所があってるか確かめたしぱぴーの財布から軍資金もいくらかちょろまかした。

 ばれても大丈夫。

 赤ちゃんが盗ん…拝借したなんて誰も思わない。


 決行は午後の一時。

 あと10秒。


 パパァンッ!!


 とぅとぅとぅ! とぅとぅとぅ! とぅるとぅとぅとぅっ! たんたたたんたんたんたんた〜ん!


(速い!これは速いスタートぉぉ!だがしかし!?走るスピードは大人の歩く速度よりも遅い!!だが一歩ずつ前へは進んでいるぅぅ!頑張れノート!負けるなノート!2時間なんてあっという間だぞ!)


 5m走って息切れを起こせば覚醒フォルムはいはいに切り替え、膝が痛くなれば芋虫フォルムへと切り替え、徐々に進んでいく。


 気をつけるべきポイントはおまわりさんと大人たち。

 見つかれば絶対に捕まり独房(家)に戻される。

 そして赤信号はちゃんと止まり、微かな休憩時間だ。


(くうきうめっうめっ)


 渡る時はクリームパンみてぇな手を空へと目一杯あげる。


(((((ほっこり)))))


 なんか暖かい視線を感じるがそんなのは一気に振り解く。

 懐かしむ余裕などこれっぽっちもなく僕はひたすら探索者協会を目指す。


 そして片道2キロを体感1時間弱で完走。


 しかしノートは色々と限界だった。


 ここまで長い距離を動くのなんて初めてだし周囲を気にして移動するのも情報過多みたいで頭痛いしうんこしてぇしオムツズレも直してぇし。


 悪いことが一気に押し寄せていたが目的地は目前に存在する。

 あと10mほど。


(踏ん張れ穴!頭痛とか疲れはどうでもいい!歴史上で唯一『探索者協会前で脱糞した赤ちゃん』にはなりたくねぇ!)


 最近ようやく我慢を覚えたんだ。

 負けてたまるか!


 自分に負けることほどクソ気分の悪いことはない。

 それ以外は小さなことだがこれだけは譲れない僕のポリシーである。



 周囲から見れば笑える話だろう。

 血相変えた赤ちゃんが探索者協会の前に四つん這いでいるのだから。


(あ、二足歩行より四足歩行の方が踏ん張りきくんだよね)


 いざ、戦地へ。



 自動ドアが開き、ノートはハイハイをして突入する。

 目的地は一階にある商業エリア……の前にトイレだ。

 紛れ込んだわけではないぞと周囲に思わせるため一直線にそこへと向かう。


(フォルムチェンジ!)


 さすがにトイレに四足歩行ではいけない。

 個室に入り、神業の如く服を華麗に脱いで用をたす。



「ふぃー…」


 なんとか汚名を被ることは避けれた。


「みっちょんくりあ」



 トイレを出て次に向かうのはもちろん商業エリア。


 ここ、探索者協会というのはさまざまなダンジョン産のアイテムが集まる世界一のマーケットなのだ。

 ここにくれば基本欲しいものは全部見つかる。



「さーせん」


 いいタイミングで僕の前に販売員が来てくれたので声をかける。

 するとその女性は一瞬目を丸くして僕を凝視しフリーズした。


「ぇ…なにこの子…」


 どうしたらいいのかわからない彼女は少し考える素振りを見せてから膝をついて僕に目線を合わせてくれた。


「どうしたの?道に迷っちゃったの?………って言葉わからないか…」


 まぁたしかにね。

 まだ2歳でこんな愛くるしい子どもが言葉など



「わかりゅにきまってんだりょ」


「…何この子」


 その女性の顔にはこう書いてあった。

 こいつ図々しいわと。


 だが相手の感情など二の次どころかどうでもいいのだ。

 僕は目的のものを買って急いで帰らなければいけない。


「おねえさん。しょうまちぇき100ことリンガのたねと…げふぅ……あ、しちゅれぃ…あとゆうごうのカード100まいとオーブも100こくだちゃい」


 すまない。

 出てくる10分前ぐらいにご飯食べたからゲップが…。

 そんな絶句しなくてもいいのに…


(傷つく…)


「え?ぇ?お使い?……こんな小さな子が?ってかかわいぃ……じゃなくて…!お、お金は持ってるのかな?」


 待っていたぞその言葉と言わんばかりに上着のポケットに手を入れ、万札を5枚取り出す。


「あおげるぐらいもってりゅ」


 まだまだくすねた金はこんなもんじゃない。

 許してぱぴー。

 出世払いするから。


「…えっと…なんて言ったかな?小魔石が100…リンガの種は一つでいいの?」


「あぃ」


 リンガとは異世界のりんごの名前である。

 ダンジョンの宝箱から稀にゲットできるものだが味は日本のりんごの方が断然美味い。


 稀に出現する意味……とか思ったそこのあなた!

 僕も前世ではね、なんでこんなまずいりんごが低確率なんだろとか思ってたよ!だけどちゃんと理由があるのだ!


「それと…融合のカードとオーブが100個ずつであってる?」


「ぁい!」


 この四つさえあれば…最強になれるお薬、その名も魔力増強剤が作れるのだ。

 前世で恋焦がれ、法を破ってでも手に入れたかったアイテムたち。


「ぁぁ…まっててね…いとしのはにーたち…」


 記憶というのは偉大だ。

 忘れたい記憶も中にはあるがそれすらも覚えていればいずれは役に立つかもしれないから。


「…たしかにこの四つのアイテムは安値だけど…君、持って帰れるの?」


「……!?!??!?!?」


 しまった!そのことを完全に忘れていた!

 この赤ん坊の手では持てるものなど限られるし持てても帰りが遅くなるだけ…。


 なんて言おう。

 欲しいものあって買い物に行ってました?

 2歳が?それにパピーの金で?

 確実に怪しまれる…!!



「ヒョわわわわわ……!!!!」


 今世は強くなるために生きている。

 いや、やり直しをしているわけだが、目立とうなどとはこれっぽっちも思っていないのに。

 ここは……お姉さんと取引でも…


「ふふふっ…かわいいねぇぼく?おうちまで送ってあげよっか?」


 その申し出には思わず首を縦横無尽に振った。

 そして危うく痛めそうになった。


「まずは売買を成立させよっか…よっと」


「…なにを…」


「え?だめだった?ボクじゃこのカウンターでお買い物はできないでしょ?カウンターに座ってるのも可愛いでしょうけど…君はこっちだよ」


 僕を軽々抱っこした彼女はそう言って職員以外立ち入り禁止の場所まで連れて行ってくれた。


「お使いかもしれないけど現物は確認する?」


 コクコクっ


「ちょっとまっててね。あ、それとさっき言ってたのだと全部で20万円するけど大丈夫…か。用意周到だね…」


 当たり前だ。

 値が跳ね上がる前の値段など調査済みというか記憶にしっかりとこびりついている。


 これでようやく……念願の魔力増強剤が手に入る。

 前世では僕が10歳の時に魔力増強剤というのは開発され、神の薬などと呼ばれるほど効果がすごかった。

 魔力値が10伸びるというのは世の中の常識を覆すようなものだった。

 そして起こった事件……その名も値上がり。



 爆発的な勢いで素材の買い占めが起こり、次に出品される時は当初からオークション行き。


 小魔石の値段は変わらず安いものだがそのほかがすごかった。


 リンガの種 2000万

 融合カード 5000万

 オーブ   3000万


 ふざけるなと何度叫んだことか。

 それにもう一つ許せないことがあった。


 それはこの増強剤が5歳ぐらいまでの人体にしか効果がないということ。


 なんで5年遅く生まれてこなかったんだと後悔しまくったのだ。

 そして成長した僕は中級止まり。

 5年遅く生まれてきた金持ちの息子たちは上級、超級と瞬く間に頭角を現していった。


(くふふ。しかし…値上がった素材たちを多くは買えていないだろう!僕は今日だけで100個も増強剤を作れちゃうのだ!つまり魔力値1000!ふへへへ…へへっ)


 前世で僕をぼこすこにいじめてきたボンボンたち。

 次は貴様らの番じゃくそが。


 できるだけ多く摂取し、5歳になるまでに馬鹿みたいにあげたい。

 魔力があれば強いスキルや魔法を使えるし連発だって可能。

 込める量すら膨大にできるわけだからこれだけでチートの完成だ。


(神様転生させてくれてありがとう。今度ちゃんとお供えしようかな)


「お待たせ。どう?大丈夫そう?」


 受付のお姉さんの手には紙袋が五つあった。


(ふむふむ。この黄色い種はリンガ…こっちは小魔石で…融合カードでしょ?それとオーブ…!)


 女性を前にだらしない顔などしてはいけない。

 わかってはいるんだ。だけど…!

 夢にまで見た素材たちがこんなに…!


「ぇぇ?赤ちゃんが蕩けてる…」


「しゅまない!わしゅれて!ありがとぉおねぇさん!」


「ううん、大事なお使いだもん。家に帰るまで頑張ろうね?」


「うみゅ!」


「それじゃあ一緒に行こっか?」


 手を引かれて連れて行かれたのは駐車場。

 そしてそこには高級車が止まっていた。


(……このお姉さん金持ち?)


 一介の受付かと思ってたけど…たしかに職務中にこうして出たりとかって…偉い人しかできなくない?


 まぁ素性はともかく…少しだけ…少しだけだから。


「あっ!こら!」


「おねぇさん、のってく?」


 バカなことをしている自覚はある。

 しかし本能がやれと囁いたんだ。


「………のってく」


 もう感謝しかない。

 この人優しい。好き。

 気遣いもできる。赤ちゃん相手に。


「ほら、子どもは隣に乗ろうね?」


「ぁい!」


 前世で出会わなかった二人が時を戻って出会った瞬間だった。

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