第2話 子供の病気

「なんだこれは」

 夕食に出した食事を前に、40を手前にした男が眉をしかめる。

 テーブルに並んだのは冷凍食品の餃子だ。美味しいと評判の焼くだけのもの。

 それから、出汁入りの味噌で作ったわかめと豆腐の味噌汁。

 大根のサラダにキムチを載せたもの。

「ごめんなさい、今日は子供が熱を出して夕方病院に連れて行ったから」

 バンっと大きな音を立てて男がテーブルを叩いた。

「こんな手を抜いたものが食べられるかっ!馬鹿にしているのか?お前は専業主婦だろう!冷凍食品の餃子なんか、俺だって用意できる!何のためにお前は働きもせず家にいると思ってるんだ!」

 妻が首をすくめる。

 大きな音を立てられるのも、大きな声で怒鳴られるのも、何年たとうが慣れることは無い。

 普段は怒らせないように神経をすり減らして生活している。

 だけれど、8歳になる娘が急に熱を出してしまえば、夕飯どころではないのだ。

 怒鳴られることは覚悟の上で、子供を病院に連れて行った。

 間違っているとは思わない。

「病院が思ったよりも混んでいて……」

「で?どうせ結局ただの風邪だったんだろ?」

 2,3日熱が下がらなかったらまた来てくださいと言われた。確かに、ただの風邪と言われればそうかもしれない。

 でも、39度近い熱が出て苦しそうな息をしているのだ。どうせじゃない。よかったなのだ。ただの風邪でよかった。

「ったく。ただの風邪で大げさに病院に連れて行って、挙句に俺の夕飯が手抜き料理?使えねぇ女だな。何のために俺がお前みたいなやつと結婚してやったと思ってるんだ。あー、もういいわ。食う気が失せた!」

 ガシャンと食器の割れる音に思わず耳を塞ぐ。

 床には割れたさらに、飛び散った料理。

 餃子に味噌汁に大根サラダにご飯。

 夫が床に落としたものだ。

「あーあ、専業主婦のくせして夫にろくな食事も作らないとか。こりゃぁ、お前死ぬかもな?女神の天秤だっけぇ?審判の天秤だっけぇ?あれでぐーたら嫁は正しいか正しくないかとか審判されてたよなぁ?専業主婦なのに理由もなく食事を作らないって確か死ぬんじゃなかったか?」

 勝ち誇ったように夫が笑い出す。

 どうして笑えるのか。

「私が、死んでも構わないというんですか?」

 夫がカップラーメンを取り出してお湯を沸かし始めた。

「ああ?心を入れ替えろって言ってんだよ、疲れて帰ってきた夫にカップラーメン食わせるようなことを改めろって言ってんの!俺の言ってること分かる?専業主婦なら毎日きっちり手を抜かずに食事作れって。それだけのことだろ!」

 妻が泣き出した。

「私は、カップラーメンを食べさせたりしたことは一度もありません。今日も……精一杯夕飯の準備をしました……」

「ああ?精一杯じゃねーよ。冷凍餃子に出汁も取らない味噌汁に切っただけの大根だろうがよ!どこが精一杯なんだよ!」

「子供を病院に連れて行き、帰ってきて子供を寝かせたあと、時間がない中精一杯」

 ドンッと再び夫がテーブルを叩いた。

「言い訳するんじゃねーよ」

 夫の言葉に、妻がさらに涙を流す。

「泣けば済むと思ってるのかよっ!あー、あー、やってらんねーわ。酒でも飲まねぇと。おい、つまみくらい作れるだろ、作れよ」

 夫がビールを取り出すと、妻はグラスをテーブルに置く。

「おい、辛気臭いな、いつまで泣いてるつもりだよっ!」

 妻が、冷蔵庫からつまみを作ろうとベーコンを手に振り返った。

 女神様の審判の天秤で図られた正義は死審判と呼ばれている。

「……女神様の審判で、家族の病気よりも自分の食事を優先することは正義に反すると審判されています。ですから……今のあなたの言葉、態度……。子供を病院へ連れていくことよりも自分の夕食が手抜きだったことに怒ったあなたの態度は……きっと女神様にさばかれます。あなたがもうすぐ死んでしまうのかと思うと、悲しくて……」

 夫が青ざめる。

「は?いや、待て、俺が死ぬわけ、ないだろ?」

 妻が首を横に振った。

「私が40度近い熱を出したときに『大丈夫か?』という言葉ではなく『俺の飯はどうするんだよ』と言ったことは覚えていますか?」

 夫には身に覚えがあり、口を閉じた。

 妻はわぁっと顔を両手で覆って泣き出した。

「心を入れ替えていれば助かったかもしれないのに……。あなたは全然変わっていなかった……。1年以内に正義に反した者は死んでしまうというのに……。あれからもうすぐ1年たつんです……。死んでしまう……。あなたは、もうすぐ……」

 妻がさらに泣き続ける中、夫は震える手でグラスを開け、カップラーメンを食べた。



===========

あの、2話目カクヨムに直書きしたんですが、1話目はどうしたのだろう?ファイルを探したんだけどどうしても見つからなくて……あれ?あれあれ??ってなりました。1話目も直書きした?うーん……。

というわけで、2話目です。溺愛始まらない……コンテストの趣旨からずれまくってる。うーん。そして、2話目はポテサラにするつもりだったんだけど冷凍餃子になっちゃった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る