死審判の天秤

とまと

第1話 子供の養育費

 死神がうっかり地上に死ぬ予定者の名前を書きこむノートを落としてしまったなんて事件があったのを覚えている者もいるだろう。

 審判の女神が地上にうっかり正義を図る天秤を落としてしまうこともあるのです。


「浮気なんてしてない!疑うのか!」

 結婚して12年になる夫婦が言い争っている。

「もう、限界よ。疑いじゃなく、見たのよ。あなたのスマホ」

 覚悟を決めた表情で妻が夫に告げる。

「はぁ?人のスマホを勝手に見るとか最低だなお前は!浮気?だからなんだ。そういうことをするお前が悪いんだからな!お前のせいで俺は浮気した。なんでお前が悪いのに俺が悪いような顔をする?離婚?分かったよ。離婚してやるよ。だけど慰謝料は払わないからな!勝手にスマホを見られて俺は傷ついた。傷つけられた慰謝料を払ってもらいたいくらいだ!」

 盗人猛々しいという言葉が妻の頭によぎった。

 だけど、どうせ慰謝料を払わないだろうということは薄々感じていたことだ。

 だから、離婚を切り出すのを今まで待った。

 保育園に子供が入れなかったあの時に思いとどまった。

 小1の壁にぶち当たった時に思いとどまった。

 そして子供が小学校4年。

 一人で留守番ができる年齢になったことで、パート勤務だった仕事をフルタイムに切り替えることができるようになった。給料は母子二人で暮らしていくには将来的に心もとなくはある。

 だけれど……女神様の審判の天秤がある。

「子供の養育費の件だけれど……」

 弁護士5人に相談して、夫の給料から算出してもらった金額のうち、一番高額な金額の書かれた紙を取り出す。

 弁護士によって、4万も差があった。女性の味方と言われる弁護士が味方だと言われるゆえんがそれで分かった。いや、ご本人は「私は子供の味方です」と言っていたが。

「はぁ?養育費?なんだよ、こんなに払えるわけねぇだろ!」

「弁護士に相談して算出してもらった金額です。弁護士の署名捺印もある正式なものです。飲み会を減らし、浮気相手にプレゼントを買うお金を節約すれば十分に払える金額です」

 夫がテーブルをダンっと脅しをかけるように強く叩いた。

 殴ることはないが、こうして大声を出したり怒鳴ったり暴力的な行為を見せることも精神的なDVだと弁護士に教えてもらった。

 慰謝料の上乗せができるけれどどうするかと尋ねられたけれど、揉めて離婚が遅くなるよりは慰謝料は期待せずにさっさと別れたいと相談した。

 今は、養育費を踏み倒すことができなくなったのだから。

「なんで俺が飲みに行くのも我慢して養育費を払わなくちゃなんねぇんだよ!おまえが俺の心を傷つけて離婚するんだろうがよ!お前のせいで離婚すんのに、俺が養育費払うとかないだろう!」

 大きな声を出されても、ひるまずに妻は夫に告げた。

「私に払うのではなく、養育費は子供が受け取るお金です。間違いなくあなたの子です。DNA検査でもして証明が必要ならばすぐにしますけど?」

 それから、弁護士がくれた法律に関する紙を出す。

「20××年に制定された法律です。養育費は子供が受け取る権利であり、養育費未払いに関して国が強制徴収を行う。もし半年以上未払いが続く場合は子供の虐待容疑で刑務所です」

 夫が顔をゆがめた。

「お前が勝手に産んだんだろう!なんで俺が金を出さなきゃならねぇんだよ!」

 妻が首を横に振る。

「私が勝手に産んだから払わないというのはあなたの勝手にしたらいい。払いたくないからとわざと仕事をしないとか、マネーロンダリングまがいのことをして収入を隠すとか、海外に逃亡するとかいろいろな手段があるみたいですし」

 夫が後で調べて見ようと思ったのか口元に笑みを浮かべた。

 妻は、弁護士にもらった紙の最後の1枚を取り出し机の上に置いた。

「女神様の審判で、子供の養育費を払うことは正義と判断されました。逆らう者は1年以内に確実に死にます。慰謝料も養育費も払いたくないのならば払わないで構いません。死亡保険金は子供が受け取りますから。養育費として使わせてもらいます」

 女神様の審判の天秤で図られた正義は死審判と呼ばれている。

 どれだけ正しい法を施行しても、法を犯して悪いことをする人間は後を絶たない。

 神様は見ている。罰が当たる。昔から言われていた言葉だ。

 地上に天秤がもたらされてから、それが目に見える形で現実となった。

 審判で正義と判断されたことを犯せば神を軽視したとして待つのは死。1年以内の原因不明の死だ。天秤が現れてから3年。相次いで人が亡くなった。当初は未知のウイルスだとか陰謀だとか言う者もいたが、今は神の見えざる手だと信じて疑う者はいない。

 夫が青ざめた。

「死……おまえ、俺に死ねというのか!」

「そんなことは言っていませんけど?私に対する慰謝料はいらないので、子供に養育費は払ってくださいと言っただけですけど?」

 夫が震えながら養育費の金額を書いた部分を指さした。

「流石に、この金額じゃ月に2回飲みに行く金も残らないだろ、この半分の金額でいいだろっ!」

 妻は立ち上がって、記入済の離婚届を夫に見せた。

「これは私が妊娠中にくれたの。覚えてる?妊娠中に浮気していたことを私が指摘したら離婚したいならいつでもしてやる!ほら、名前書いたぞ!ってくれたわよね?今から出してくるから。1時間後にはあなたとは元夫婦の他人になるの。だから、この家を出て行ってくれる?この中古のマンションは私の両親が買ってくれた家だから。明日までに出て行ってくれないなら不法滞在で警察を呼びます。住む場所が決まったら荷物は送ります。安心して、送料は私が負担するので」

 妻が背を向けて家を出て行こうとするのを夫が手を伸ばして肩を掴んだ。

「ま、待ってくれ!俺が悪かった!もう、二度と浮気はしない!考え直してくれ、な?」

 すぐに妻は夫の手を振り払うと、靴を履いて玄関のドアに手をかける。

「私が結婚してから飲みに行った回数を知ってる?12年の間に3回よ」

 

 

 

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「夫にナイショ」漫画原作コンテストに応募しようと思って考えてみたけど……

これ、どの応募ジャンルにも当てはまらないと言うことに気が付いてしまった。

復讐×溺愛って、溺愛必須要素だった……しかも子供を溺愛するとかじゃだめでロマンスかぁ……。全然路線違った!天秤使って成敗し続ける話だよ……笑

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