【#19】新川帆立『令和その他レイワにおける健全な反逆に関する架空六法』(集英社)

■架空の法律をモチーフにした短編6本

 パンチの効いたタイトルである。「健全な反逆」。「架空六法」。つい、ストーリーを妄想したくなる。「悪法に苦しむ市民」を描いたのだろうか。それとも「パワハラ上司を訴えるビジネスパーソン」を描いたのだろうか。それとも……と想像しながらページをめくると、思わず「なにこれ」と独り言ちてしまった。なにせ最初の物語が「動物が動物を訴える話」だったからだ。


 本作にはこうした架空の法律をベースにした短編作品が6本収録されている。「すべての動物の生きる権利を保障する」「労働者の健康管理を徹底する」「賭け麻雀を合法的に認める」など、現実味のあるものから荒唐無稽なものまで内容はさまざまだが、いずれもディティールが詳細に作りこまれているため、それぞれのストーリーが立体的に構築されている。弁護士の資格を持つ著者だからこそ為せる技だといえよう。


 例えば動物同士の訴訟を描いた「動物裁判」は、動画配信で注目を集める黒猫が、パートナーであるボノボにわいせつな行為をされたとして告訴するところから始まる。実際に訴えを起こしたのは猫の飼い主で、主人公に弁護を依頼したのもボノボの飼い主だが、動物関連の裁判を得意とする主人公は、依頼人に一目惚れしたこともあり、いつも以上に張り切って裁判を進めていく。


 一見すると、主人公は職務熱心な若手弁護士に映る。しかし、話が進むにつれて次第に自らの境遇に対する劣等感、さらにはいびつな自尊心や歪んだ恋愛感情がチラつくようになる。そして裁判が終わるころには、依頼人への慕情が膨れ上がり……。動物が動物を訴えるところから、「人間」のみにくい内面にストーリーがシフトしていくのが本話の見どころだ。冒頭で拍子抜けしてしまったものの、作品が進むにつれて気づけば作品世界に没頭していった。グラデーションの移り変わりが絶妙である。


■価値観の押し付けに抗う

 家庭での酒造りに悪戦苦闘する主婦を描いた「自家醸造の女」も白眉だ。このエピソードは戦後になって禁酒法が廃止され、造酒を奨励する法令が施行された架空の日本社会が舞台。「自家醸造が古き良き伝統文化である」という価値観が根強いなか、主人公の万里子は造酒の経験がなく、お酒も市販のもので満足していたが、義母の頼みを断れずなくなく自家醸造にトライすることになる。


 このエピソードには「女性は酒造りが上手くなければならない」という意識が貫かれている。蒸米、製麹、酒母造りなど、造酒に関するすべての工程を"手づくり"で行うことが美徳であるという風潮に、主人公は試行錯誤を重ねながら酒造りを担う。そんな性別役割分業意識は、「家事は女性がするべき」という、これまた日本の「伝統的価値観」とオーバーラップする。


 このほか「労働者保護」のお題目のもと、勤め先にバイタルデータを常時管理されている非正規従業員を描いた「健康なまま死んでくれ」、賭け麻雀が合法化され、接待麻雀を生業とする雀士が主人公の「接待麻雀士」など、どの話も架空の法律に翻弄されるキャラクターたちの喜怒哀楽がつぶさに描かれている。いずれもパラレルワールドの「レイワ」という設定だが、各話の出来事はどこか現代社会とリンクするし、「自家醸造の女」のような既存の価値観に一石を投じようとする意欲作も多い。


 既存の価値観に横槍を入れる。既存の価値観の押し付けに抗う――。「健全な反逆」とはそういう意味なのかもしれない。

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