卵の効能について。

牛本

卵の効能について。


 卵というものは、どうやら鬱病に効くらしい。

 そう聞いた女は、その日から卵を一日三つほど、食べることにした。


 鬱病で大学に行けなくて退学などしてしまえば、学費を出してくれている両親に見せる顔が無くなってしまうからだ。


「まあ、定番は目玉焼きとか、ゆで卵だよね」


 女は鬱病であったため、凝った料理などはしなかった。

 やる気が起きないのだ。


 しかし、卵を食べることすらやめてしまったら私は何もすることが出来なくなるだろうという思いで、毎日卵を食べ続けた。


 一日目はゆで卵3つ。


 二日目は目玉焼き1つに、ゆで卵2つ。


 三日目は、ゆで卵の上に半熟の目玉焼きを乗せて見たりなんかした。


「なんか、調子いいかも」


 女がゆで卵を食べ始めて二週間ほど経つ頃には、卵を調理するスキルも上がってきていた。


 ゆで卵は丁度いい半熟だし、殻も良く剥ける。

 まあ、偶に失敗もするが。


 目玉焼きなんかも、ピンク色の膜が張った美しい見た目のものが作れるようになった。コツは油を多めに使うこと。


 そんなこんなで卵で料理をしていると、不思議なことに前向きな気持ちになった。

 女はある日から、少し凝った料理をしてみようと思い立った。


「今日はオムライス! ……は、ちょっと難しそうだからスクランブルエッグで」


 卵を3つ使った贅沢なスクランブルエッグの出来栄えは正直言って、微妙だった。

 何が良くないのだろうと調べると、ネットに公開されているレシピにはバターや塩コショウがふんだんに使用されていた。


「ははーん。なるほどね」


 その日の夜に作ったスクランブルエッグは、中々の出来栄えだった。

 バター多め塩コショウ多めが見事に効果を発揮したようだ。


「私はサラダ油で炒られたスクランブルエッグなのよ。きっと、バターや塩コショウがあれば輝けるの」


 満足した表情で空になった皿を見つめながら女はそう言った。


 暫くして、女が一日に使う卵の量は増えていた。

 一日6つほど、様々な料理に変貌を遂げている。


 例えばオムレツ。

 これは想像していたよりも簡単だったらしく、その成功体験から女はオムレツにハマっていた。

 今日も毎日のルーティンの如くオムレツを作り、皿に盛り付けると箸で一口大にして口に運ぶ。


「やっぱチーズ明太が一番おいしい」


 半熟のオムレツから零れるピンク色のソースはなんとも食欲をそそられる色合いをしいる。

 そのようにして、女はオムレツを完食した。



 例えばカルボナーラ。

 卵料理というよりかはパスタ料理だったが、卵を使用しているので卵料理とするらしい。


 粉チーズをたっぷりと、卵の全卵を1つと黄身を1つ。余った白身は焼いて、カルボナーラの上に添える。

 これが女がよく作っているカルボナーラだった。


 フォークを突き刺し、皿の底でクルクルと麺を巻き付ける。

 卵液で出来た濃厚なソースは、彼女の口内をまったりとした幸せで包み込んだ。

 白身は口直しだ。


「カルボナーラって今まであんまり食べてこなかったけど、美味しいなぁ……」



 こんな風に、女は毎日卵を食べ続けた。

 卵を買いに外に出る機会も増え、卵を使った料理が目に留まれば店にも入る。

 自然と彼女は外に出る機会が増え始めた。


「え、私ってもう鬱治っちゃった感じ? 卵パワーって感じ?」


 どうやら卵が鬱に効くという話は本当らしいと確信した彼女は、休んでいた大学に、しばらくぶりに向かう準備をした。


「朝食は……簡単に済ませちゃお」


 ゆで卵7つを皿に盛ると、卵料理の一種であるマヨネーズをぎゅっと絞り出し、一本丸々使い切る。

 それらをグチャグチャに混ぜてやると完成だ。


「ふぅ……ごちそうさまでした」


 ものの数十秒でそれを完食した彼女は、冷蔵庫に買い溜めしてあるプリンをチャージ飯の如く飲み、デザートとした。


 歯磨きは鬱病の頃からしていないため、現在も継続してしていない。

 彼女の思いとしては、この辺りは学校へ行けるようになってからゆっくり出来るようになろうという考えらしい。


 一歩前進、といったところだろうか。


「あ、でもお風呂は入らないとダメかな? めんど~」


 とはいえ嫌われるのは避けたいのか、彼女は風呂に入る。


「あれ? ん?」


 そこで彼女は気が付いた。

 背中に手が届かない。


 久しぶりに入るから、お風呂が下手になってしまったのかしら? なんて思いながら、彼女は足を洗おうと屈む。


 ――どむっ!


 という効果音がピッタリ当て嵌まりそうな、そんな感じ。

 腹の肉に跳ね返され、女はひっくり返った。


「えっ、えっ、えっ」


 流石にこの異常事態に、彼女も慌て始める。

 鬱病初期の頃、彼女は何を食べるのも億劫で、骨と皮だけのような様相であった。


 しかし現在はどうか。


 この現象は一体何なのか。


 女は慌てて立ち上がると、湯気で曇った鏡をムチムチとした手で擦る。


「な、ナニコレ……」


 ――誰だ、このデブは……。


 その鏡に映ったのは、こちらを呆然とした表情で佇む1匹の怪物。

 卵のような白い肌は健在だったが、それ以外はまさにアメリカンデブ。


「オーマイ、ガッ!」


 溢れんばかりの頬肉を抑えた女はそう言うと、倒れ込んだ。


 結論。

 卵は鬱病を治すかもしれないが、食べ過ぎると太る。





「……以上で、卒論の発表を終わります!」

「……はい、ありがとうございました。……ダイエット、頑張ってくださいね」

「……ハイ」


 追伸。 

 無事卒業できた。







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