第8話

「余を誰だと思うておる、閻魔(えんま)ぞ。浄玻璃(じょうはり)をもちいれば、そこもとが生前なにをなしておったかなどお見通しだ」

「それで、手前のすべてを知る閻魔王はなにを望んでおられる」

 嬲(なぶ)るような発言を撥ね退けるようにメルショルは声を発した。

「そこもとに、南蛮浄土の者どもとの交渉、特に通辞を任せたいのだ」

 なるほど、とこの段になって自分が呼ばれた事由がはっきりと理解できる。切支丹として生き、かつ学者に近い気質の者を父に持ったメルショルは南蛮の言葉に随分と通じている。しゃべるだけでなく、書物をも読み通すほどだ。ただ、あまりにもあちらの言葉に通じ過ぎたせいで伴天連にとって都合の悪いことまでも知ってしまうのではと警戒されたのか、メルショルは司祭(パードレ)、伊留満(イルマン)からやや遠ざけられ宗門のなかで孤立しがちなところがあった。

「それをなしたとして手前に何の得があるので」

「地獄から解き放ち、極楽へ、御仏のもとへ送ってやる」

 メルショルは生前の愉快ではない記憶を掘り起こしてしまい不機嫌な顔でたずねる。これに閻魔はどうだ大盤振る舞いだぞとでもいいたげな顔で応じた。

「断る」「なんだと」メルショルの返答に閻魔が顔色を変える。

「悪魔(デモニオ)の使いとなり神(デウス)と仇なすような真似はできない」

「誰もあちらの神の不利となるよう働けとはいっておらぬ。あちらもこちらも立つ、さような道を探るのだ」

「悪魔(デモニオ)の言葉なぞ信用できるか」

 メルショルがかたくなな声を出したとたん、閻魔大王が卓を両手で叩いて立ち上がった。

「余を悪鬼ともうすか」

 炯々と目を光らせながら閻魔はこちらをにらんだ。

「織田信長も及ばぬ人殺しに次ぐ人殺しを南蛮においてくり広げる愚かな宗門の門徒がようもいったものよ」

「さようなことを司祭(パードレ)や伊留満(イルマン)がなされるはずが」

「牛頭、裁きの間から浄玻璃を持って参れ」

 メルショルの反論を無視して閻魔は指示を飛ばし牛頭は駆け足でその場から姿を消した。そして、人の背丈よりはるかに高い鏡を持って現れる。

「三全世界、罪姿総映、急急如律令」

 閻魔の言葉にしたがって、牛頭の掲げる鏡が一瞬不気味な光を放ったと思ったらまるで澄んだ水面が景色を映すようにどこかの風景が映し出された。

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