第7話

 態勢がととのわぬままに南蛮浄土の軍勢を迎えた十王は窮余の策として、地上の日の本の屋形が城に籠もるようにして海を渡って冥界の日の本に位置する土地へと退避したのだ。

 だが、すでに西洋天上の軍勢は津島(つしま)、伊伎(いき)の嶋に陣城を築いているという。閻魔の語るところによれば「この彼岸は位相が違うだけで、陸や島の形は此岸と変わらぬ」とよくは分からないが、要するに彼岸にも九州があり、四国があり、といった具合になっているらしい。

 ただ海を渡っての戦は古来の例を見ればわかるように結局のところ失敗する、それを見越して地獄は和睦を何とかむすべないかと画策しているというのだ。

「したが、我ら神、悪鬼は元は人の思念によって生じた。ゆえにそれに縛られる。“唐土、日の本の”地獄の主(ぬし)たることを万余など比べものにならぬほどの数の物の思いによって宿命づけられた我らが南蛮の言葉をあやつるのは至難の業。元々、きゃつらが攻め寄せて参ったのは行き違いがあったからだと今では明らかとなっておる」

 滔々(とうとう)と語られる閻魔の言葉だが、後半は遠い場所から聞こえてくるような感覚でメルショルは受け取った。

『神、悪鬼は元は人の思念によって生じた』――あっさりと明かされた事実が重過ぎて受け止めきれないのだ。

「信じられぬか?」

 閻魔がこちらの表情の強張りから胸中を看破してうすら笑いを浮かべる。なるほど、その邪まな顔つきは確かに鬼の名にふさわしい。

「そこもとらが信奉しておる全知全能の神などおらぬ、さような者がおるなら我らの出番などなかろうが」

 さらに莫迦にしたような言葉をかさねた。神(デウス)の御許へ行けなかった、その事実に心の奥底では打ちひしがれていたメルショルにしてみれば心の臓を直接突き刺されるようなせりふだ。

「信仰を集める神はいったいどれだけの数の人間に利益(りやく)をもたらさねばならぬ? 自然、ひとりひとりにふるえる力など小さくなる。他方で、崇められぬ神は力を失い、信ずる者が少なくともやはり与えられる利益など些細なものとなってしまう。神などその程度のものなのだ」

 そんなメルショルの心中を承知しているとしか思えない嘲笑を浮かべて閻魔は言いつのった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る