第6話

   二


 文机と呼ぶには巨大で、椅子に腰かけて卓越しに閻魔大王が大きな眼(まなこ)ででメルショルを見下ろした。赤を基調とした道服に、上広がりの王冠を見にまとい、髭に顔の半分近くを覆われた真っ赤な顔の異形の屋形だ。

 手に持った笏で空いた方の手を叩き、体をかしがせてこちらに遠慮のない値踏みの視線を向けている。背丈が余の鬼の頭いくつ分か高いために顔を見ようとすると首が痛くなる。その近くには二体の鬼が控えていた。ただの鬼ではなく牛頭(ごず)、馬頭(めず)だ。顔こそ畜生のそれだがまなざしにこもる気配はすぐれた兵法者を圧して余るものがある。

「そこもとを呼んだのは他でもない、手を借りたき儀があるためだ」「王が人に手を?」

 聞き返したとたん、「話は最後まで聞け」と獅子吼を思わせる怒声が執務の間にひびいた。体に落雷を受けたのかと錯覚するような大声にメルショルは思わず体を硬直させる。

「そうだ、そこもとが申したように余は王、そのほうは人だ、身の程をわきまえよ」

 横柄な閻魔の言葉にメルショルは内心歯噛みしたが反論はひかえた。魔王(サタン)が偉そうに、と胸のうちと毒づくにとどめる。

「そもそもは、南蛮人どもが海を渡ってくるようになったことに端を発する。唐土(もろこし)や天竺、日の本の死者は我らが裁くこととなっていたが、かの者らは誰が裁くかはむろんのこと決まっておらなんだ」

 それでも、最初は南蛮人の生まれた地の彼岸の使者が来て穏当にことは運んだ。罪を犯した者は責任をもって罰する、という天上の者の言葉に嘘はないように感じられ十王たちもこれを承諾した。

 南蛮人が東洋と呼ぶ地で死んだ者はあちら側に引き渡していたのだ。ところが、だ。

 次に持ち上がった問題は、伴天連の宗門に入った東洋人の魂までも引き渡せ、とあちらが要求してきたのだ。これは承服できなかった。転生の均衡が崩れてしまうではないか。また、自分たちの沽券にも関わる。

 十王が一致して求めを撥ね退けた。とたん、南蛮人の土地の天上は軍勢を派遣したのだ。あまりにも横暴な所業だった。しかし奴輩(やつばら)はそれをおこなうに足る力をそなえていた。かの地を東の地獄、竺漢韓倭(じくかんかんわ)地獄は南蛮浄土と呼ぶが、その戦ぶりからして幾多の神々、悪鬼たちを滅ぼしてきたに違いない。

 七四〇〇〇対八二〇〇〇と、それでも掻き集めた数の上で勝っていたがいかんせん統率が取れていなかった。また不意を打たれた士気も低かった。そういった諸々の影響で最終的に、四二〇〇〇対六一〇〇〇というところにまで数を減らした。お互いに死傷者で大幅に将兵を損じたがやはり一万も多く死者、負傷者を出した地獄の側は友崩が起きる体たらくだ。

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