四季欲

八木沼アイ

四季欲

 俺の名前は藤原。俺は今日、面白い女に出会った。

 彼女の名は「山内」というらしい。

 音楽部に所属していたらしく、今はもうやめてしまった。彼女にはきっとイケメンの彼氏がいて、洋楽が好きで、頭も良いのだろう。

 しかし、みんなは彼女のことを忌み嫌い、ブサイクなどと形容し、蔑んだ目で彼女を見ている。だが俺はそうは思わない。彼女はかわいい、俺にとっては手の届かない存在で、まさに高嶺の花だ。

 毎日廊下ですれ違う時、彼女の香水の匂いが俺の鼻腔をくすぐる。残り香がとぐろを巻き、俺の体を優しく包む。

 思わず、「好きだ」と口を滑らして言ってしまいそうで必死に気持ちをこらえる。いつか、この気持ちを伝えられたら、と存在しない青い春に胸を躍らせ、すれ違う。また、そこで改めて感じる。



 私の名前は山内。私は今日、興味深い男に出会った。

 彼の名は「藤原」というらしい。

 合気道部に属していて、今もそれに勤しんでいる。彼にはきっとカワイイの彼女さんがいて、服がオシャレで、性格も良いのだろう。

 しかし、みんなは彼のことを忌み嫌い、オタクなどと形容し、蔑んだ目で彼を見ている。だが私はそうは思わない。彼はかっこいい、私にとっては手の届かない存在で、及ばぬ鯉の滝登りだ。

 毎日廊下ですれ違う時、彼の腕から浮き出る太い血管、私の目はそれを認識した瞬間、脳内の快楽を司るシナプスが体全体に弾け飛ぶ。

 思わず、「大好き」と口を滑らして言ってしまいそうで必死に気持ちをこらえる。いつか、この気持ちを伝えられたら、と存在しない淡い夏に胸を躍らせ、すれ違う。またそこで改めて感じる。


 彼女は。


 彼は。


 『遠い世界の住人だ。と』


 そんな二人の思いが今、交差する。



 二年生の涼しい秋。相手の顔の区別がつきにくい時間帯の放課後、誰もいない教室で俺は彼女に溜め込んだ切実な思いを打ち明けた。


 「俺はよぉ、お前のことが好きだったんだよぉ。だからそのなんだ、俺と付き合ってほしい...です」


 彼女はびっくりしたかのような表情で三秒ほど静止したあと深く俯いて、気持ちを整理したのか、再び顔を上げた。彼女は喜びを隠せないといったはにかむような表情で答えた。


 「私も、藤原君のことが好きでした。嬉しいよ」


 窓を境界線とした外界からの光が彼女の頬を伝う涙を反射した。その涙は、俺がこれまで見た車のどんなライトよりもふつくしく、比肩するまでもない。その姿に惚れ惚れし、その光景を独り占めしている優越感と高揚感が合わさった、変な感情。

 発散場所はもう目の前にある。光と闇、混ざり合うことのない人間が今、混ざり合うのだ。彼女を誰かの机に押し倒す。窓からの光が、はだけた服から見える透き通るような肌色を強調させている。胸元のボタンもとれ、よれたスカートからはみ出る純白の下着。誘うような両腕を俺の首裏に回し彼女は言う。


 「藤原君、いいよ。優しくして、ね」


 「ごめん、山内、それはちぃーと難しい願いだ。わりいが手加減はできそうにねぇ、なぜならもう俺のエンジンは、オーバーヒート間近だから、だ!」


 彼女と舌を絡んで数十秒。口元から数センチ離れるだけで彼女のとろけるような顔と、二人の紡いだ涎が目に映る。それは長く紡がれマフラーを編めるほどに。遅れて聞こえる教室に響き渡った二人の吐息。

 目線は外さない、逸らさない、間接視野で彼女の全体像を把握する。

 

 「はぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁ//」


 「はぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁ//」


 「ねぇ//下も触って、ほしい//」


 「わ、わかった」


 ゆっくりとスカートの中に手を入れ、彼女の付け根に手が当たる。脱がすと下着は濡れていた。彼女は恥ずかしがるように顔を手で覆った。しかし指の隙間からこちらの出方を伺っている。俺は指で彼女をなぞり、いれる。


 「ひゃん//」


 敏感なのか、すぐに腰が上がった。そのままいじり続けると、ビクンと腰を上げ、フロントガラスをワイパーで洗うウォッシャー液のように潮が噴き出した。それは星のような輝きを見せ、その全てを俺の顔で受け止めた。普段顔に水をかけられると不快感を味わうだろうが、今はそうだな、悪い心地はしない。なんというか夢心地だ。


 「...上手だね//」


 「自転車いじるのと同じ感じみたい、うまく言えねえやw」


 「なにその例えww藤原君ぽくて面白いね」


 俺は彼女に認められ、褒められ、その言葉を燃料にニトログリセリンを入れられたかのように体内の血の巡りが急に活発化した。それが下腹部に伝わると熱は上がり、俺のターボは滾りに滾っていた。


 「お願い、いれて?//」


 衝動は止められそうにない。


 「お望み通りぶち込んでやるぜぇえええ」


 衝撃に備えろ。山内。


 スパン!


 ビクンビクン//


 「あ....ああああああ//」

 スパンスパンスパンスパンスパンスパンスパンスパンスパン!

 「うおおおおおおおおお」

 スパンスパンスパンスパンスパンスパンスパンスパンスパン!

 きつい、だが良い。獣のようにお互いを貪りあった。他の生徒は帰宅し、邪魔をする者もいない。夜警はこの時間帯にこのフロアを見回りに来ないのは調査済みだ。

 二人だけの空間。二人だけの時間。二人だけの行為。二人だけの感覚。

 汗ばむ体に光を照らすそのボディは、どんなに入念に洗われた車体の足元にも及ばない。この場合はタイヤ元なのか?ただ事実なのは俺の腰は止まることを知らないことだ。腰を持つと指が汗とともにべったりと食い込む。いい肉感だ。様々な体位を二人で試す。

 スパンスパンスパンスパンスパンスパンスパンスパンスパン!

 「お””っお””っお””っ//おお”っ//んんぎぼぢぃいいいいいい//」

 スパンスパンスパンスパンスパンスパンスパンスパンスパン!


 窓から見える夜景と彼女の淫らな姿がコントラストを表していた。


 「俺の滾った激熱ニトロが中でターボしちまう!!出すぞ!!リラ!!」


 「やっと//お”っ//下の名前を呼んでくれたっ//ね//全部受け止めるよ””っ//」


 「あああああああああアクセル全開ぃいいいいいいああああああああ!!!!」

 びゅぅぅっ!びゅぅぅびゅっぅぅびゅっぅぅ!びゅっびゅぅぅぅぅぅぅ!


 彼女に覆いかぶさるように倒れた。柔らかい乳の感触も貫通してお互いの鼓動を確認し合う。全てを出し切った。一発で燃料切れなんて、どんだけ燃費が悪ぃんだ。


 いや、彼女をレギュラー満タンにさせたんだ。男として誇るべきだと、自分を納得させた。

 彼女から出る汗に混じった俺の濃い白濁液の深くを泳いでいる鯉はきっと、強かに生きている。股から机、机から床へと滴る様は、滝を連想させられる。発想の転換だ、鯉は滝を登っていっているのかもしれない。必死に生きようとしているのに変わりはないが。


 山内は満面の笑みで言った。


 「私今日、危ない日なの、だから責任とってね//」


 「当たり前だ、お前を俺が幸せにする」


一人は光の中を、一人は闇の中を彷徨っていた。やっと出会ったのだ、純情が。


二人の思いは再び交差する。


 『やっぱり』


 『笑みを浮かべた君はかわいいな』

 『真面目な顔が一番かっこいいね』


 数秒お互いの顔を見合わせて、緊張が解けたように一気に笑い合った。

 その瞬間だけは世界が暖かく、愛に満ち溢れていたに違いない。世界ではなくとも、この教室は。秋の半ばなのに不思議と体は寒くない。

 ほとぼりが冷めるまで、彼女と共に時間を過ごした。



「...さい」


「...きなさい」


「起きなさい!」


 溜め息も衣替えして白くなる冬。冬暁、朝早くから起こされ洗面所へと向かう。歯ブラシが三本並んでる中で一番地味なのを取り、歯を磨く。その後は顔を洗い、髪をセット。この朝のルーティーンをすることで、リビングに行くと丁度完成した朝ごはんが食卓に置かれている。


 「いつもありがとう」


 「あら、今日は”する”日なのね」


 「ねぇ~ママ、”する”日ってなぁに~?」


 「お父さんと仲良くする日ってことだよ」


 「いつも仲良しなのに何で~?」


 「ほら、ごはん冷めちゃうわよ、早く食べなさい」


 「は~い」


 娘にバレぬようウィンクする妻はやはりかわいい。”いつもありがとう”は合言葉みたいなものだ。

 高嶺の花は自分の花壇へ植えた。俺の妻だ。

 強かな鯉は滝を登り愛を育んだ。俺の娘だ。

 

 雪もちらつく午前二時。彼女と今夜、温かく溶け合った。

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