夜会②


 なんと冬夜には、鬼道冬夜敬慕会(※非公式)なるものがあったらしい。

 この女性たちは、その会員なのだという。

 皆大抵は軍人の妻やその家系の出で、独立特務隊に忌避感のない女性ばかりだった。

 トモエは仰天してしまったが、確かにあってもおかしくはない気がした。


(あ、あれだけかっこいい冬夜様だものね……)


 家での冬夜の様子などを根掘り葉掘り聞かれ、トモエはあたりさわりのない回答をする。

 話すたびにきゃあきゃあと女性たちが色めきたつので、トモエは困ってしまった。


(皆様、冬夜様のことが好きなのかな)


 不安になりつつも、一通り話したところで、女性たちはやっと落ちついた。


「トモエさん、安心してくださいな。私たち、お二人の間に割って入ろうだなんて、ちっとも思っていませんから」


「そう! わたくしたちに優しくする鬼道様など、解釈違いなのですわ!」


(解釈違いって何……?)


 ますます訳がわからなくなってしまうトモエなのだった。


     *


 女性たちがいなくなり、ほっと一息ついたところで、見知った人に声をかけられた。


「久しぶり、トモエ」


 は、と見上げて、トモエは目を見開いた。


「……伊織さん」


「隣に座っても?」


「……どうぞ」


 前回会った時は、色々と不都合が重なり、ゆっくりと話せなかった。

 久しぶりに見る元婚約者に戸惑いつつも、トモエは不思議なことに気づいた。


(あれ? どうしてだろう。伊織さんのことを見ても、もう何も思わない……)


 昔は考えるたびに、胸がずきずきと痛んだものだ。

 会いたくても、叔母や美慧がそれを許さなかった。

 会えない時間が、そういう思いを募らせてしまったのだろうか。


「最近の体調はどう?」


「は、はい。ずいぶんましになりました」


 そう告げると、なぜか伊織は眉を寄せた。

 トモエのその報告が気に入らなかったみたいに。


「あの冷酷非道の、鬼道冬夜のもとに嫁いだって聞いたけど……大丈夫なのかい?」


「……冬夜様は、すごくお優しいですよ?」


 伊織のことが気にならなくなった理由が、少しわかった気がする。


(だっては今は、冬夜様のことで頭がいっぱいだから……?)


 考える暇もなかった、という方が近いだろうか。


「そうなのかな」


「え?」


 伊織は顔を曇らせて言った。


「昔から、トモエは世間知らずだっただろ。僕はそんなトモエを、支えてあげないといけないって、よく思ってた」


「……」


「鬼道冬夜の噂はひどいよ。トモエはもしかしたら……男性の本当の優しさっていうのを、分かってないのかもしれないなって」


 トモエの心臓が、カッと熱くなった気がした。

 トモエが冬夜にひどい扱いを受けているのに、トモエは気づいていないのではないか、と伊織は言っているのだ。

 

「相談にのろうか。昔みたいに、なんでも話してよ」


 どこか熱っぽい伊織の目に、トモエはなぜか嫌悪感を覚えてしまった。


「……いいえ、大丈夫です」


(私、本当に、伊織さんのことが好きだったの?)


 ふと以前に感じた違和感が蘇る。

 今度は目を逸らしてはいけない。

 そんな気がした。


「……伊織さん、コムギって、覚えていますか?」


「コムギ?」


 伊織は首を傾げた。


「小さなもっけです。犬みたいな姿をした」


 そういうと、伊織は顔を顰めた。


「魔性の類に名前をつけているのかい。やめなよ、気持ちが悪い」


 ──この人じゃない。


 トモエの直感がそう告げていた。


(記憶が、混濁している?)


 トモエの頬に冷や汗が垂れた。

 遠い昔、病院でよく、伊織とこっそり遊んだ。

 そうしてトモエは、伊織に恋をした、と思っていた。


 そうでなかったのなら、その男の子は、一体だれ?


     *


 桜狐美慧は、二階から、トモエと伊織が話す姿をじっと見つめていた。

 トモエが纏う桜色のドレスは、遠くからでも相当高価なものであることがわかった。それも百貨店でも見たことがない。既製品ではなく、オートクチュールなのだろう。

 華奢なトモエの体型に合うドレスなど、探したとしてもなさそうだ。

 であれば、夫がそれを買い与えたのだろうか。


 見ただけでわかる。


 トモエは。

 鬼道トモエは、本当に愛されて、大切にされているのだ。


(どうして、あの子が)


 美慧は知っている。

 伊織の心が美慧にはなく、トモエにあることを。


(あの子ばっかり)


 昔から注目を集めるのは、いつだってトモエだ。


 ──だってトモエは、美しかった。


 それも並大抵の美しさではない。

 何処か神々しいとも感じる、不思議な魅力を持っていた。


 だから美慧は、彼女のその美しさに泥を塗るかのように、醜い、醜女だなどと、彼女を蔑み続けたのだ。

 言葉は鎖になって、トモエの認知を歪めた。

 トモエは自分を醜いと思うようになって、表情が暗くなった。

 自信を奪い取ったおかげで、トモエからは、本来の神々しい美しさはなくなったようにも見えた。ただ暗い顔の女が一人、いるだけだ。


 美慧はトモエが気に食わなくて、とにかく比較して蔑んだ。

 どんなにひどいことを言っても、目を伏せて、黙って床を見つめているだけ。

 反抗の言葉もない。

 まるでその姿がお姫様のようだと、それすらもずっと気に食わななかった。


(私より幸せそうなんて、絶対許せない……!)


 目の前のトモエは、まさに美慧が許せなかった、お姫様そのものだった。

 美しいドレスに、絶妙な化粧、つやが出て目を引く長い髪。

 美しい少女が皆の注目を浴びている。

 自身の婚約者でさえも、彼女に視線を奪われている。


 美慧は拳を握りしめると、トモエに近づいた。








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